自社ビル売却、問われるのは「判断の仕組み」

当ページのリンクには広告が含まれています。
自社ビル売却、問われるのは「判断の仕組み」

築30年を超えた本社ビルを、改修して使い続けるのか、売却・移転するのか──。2026年10月にビジネスジャーナルが取り上げた、JTや電通など自社ビルを手放す企業が相次ぐ動きと、その判断材料です。「持つか手放すか」は不動産の話に見えて、実は経営の意思決定の仕組みそのものが問われるテーマだと感じます。管理部門に携わってきた立場から、その意味を読み解きます。

目次

先送りもまた、一つの経営判断

昭和の終わりから平成の初めに建てられた本社ビルが、築30年台の後半に入りつつあります。受変電設備、空調、エレベーター、屋上防水。主要な設備の更新時期は、ちょうどこのあたりで重なってきます。記事によれば、東京23区のオフィスストックの平均築年数は35.3年に達しています。

そこに重なるのが、工事費の上昇です。

工事費はこの5年でどれだけ上がったか
・建設工事費デフレーター(2020年度=100):2025年度 121.9、2026年4月 125.0
・5年前に10億円と見積もった改修 → いまは約12億5000万円
・差額の約2億5000万円は、判断を先送りした間に膨らんだコスト
= 「まだ決めない」ことにも、目に見えないコストがかかっている。

修繕の見積もりを取って桁の大きさに驚き、結論を次の機会に回す。よくある光景ですが、工事費が上がり続ける局面では、同じ工事でも着手が遅れるほど負担は重くなります。設備が故障してから慌てて対応すれば、比較検討の時間そのものがなくなります。先送りもまた一つの経営判断だという点は、もっと意識されてよいと思います。

新リース会計基準で「身軽になる」効果は小さくなる

管理部門の立場から特に注目したいのは、会計基準の変更です。これまで、本社ビルを売却して同じビルを借り続ける「セール・アンド・リースバック」は、資産を貸借対照表から外して身軽になる手段として使われてきました。その前提が変わります。

新リース会計基準(企業会計基準第34号)のポイント
・2027年4月1日以後に開始する事業年度から適用
・借手は原則として、不動産の賃借も「使用権資産」と「リース負債」として貸借対照表に計上
・リースバックで売却の要件を満たさなければ、金融取引として処理される
・対象は上場企業や会計監査人設置会社など。中小企業は「中小企業の会計に関する指針」が基本
= 売って借りても、負債は貸借対照表に残る。

売却代金で借入を返す効果は残ります。ただ、ROAの見栄えを主な目的に組んだスキームは、前提から引き直しが必要でしょう。

IPO準備の現場でも、会計基準の変更は財務指標や借入の財務制限条項に影響するため、早めに試算して金融機関や監査法人と認識を合わせておくことが欠かせませんでした。リース負債が貸借対照表に載れば、自己資本比率や有利子負債の見え方が変わります。数字の見え方が変わるときは、説明の準備も含めて前倒しで動く。これが実務の鉄則だと感じます。

自社ビルの「見えにくいコスト」と、所有の強み

一方で、自社ビルには見えにくいコストもあります。ハイブリッドワークが定着し、フロアの一角が倉庫や使われない会議室になっている会社は少なくありません。家賃の請求書が届かないため、その空いた床にかかる固定資産税や保守費、清掃費、光熱費は意識されにくいのです。

これを1坪あたりの金額に直して、賃貸オフィスの相場と並べてみると、議論の土俵がそろいます。入退館記録や会議室の予約データからでも、床がどれだけ使われているかの傾向はつかめます。感覚ではなく実測値を手元に置くことが出発点です。

記事では、役員会での議論の出発点として、いくつかの目安が挙げられています。今後10〜15年分の修繕・更新費を最新の単価で積み上げて売却査定額と並べること、床の稼働率が6割を切っていないかを見ること、5〜10年で人員や事業の形が大きく変わりそうかを考えること。いずれも、管理部門が数字を用意できる論点です。

逆に、所有のメリットも見落とせません。立地を手放さずに済む、売却益への課税が生じない、賃料改定の交渉に左右されない。記事によれば、東京都心5区の大規模ビルの空室率は低水準で、募集賃料は上昇が続いています。賃料が上がる局面ほど、所有の強みは相対的に大きくなります。どちらが正解かは、会社ごとに違うはずです。

二つの数字を、同じテーブルに載せる

大切なのは、修繕・改修の見積もりと、売却・賃貸の査定を同じ時期に取り、同じテーブルで比べることだと思います。片方の数字だけを見て議論すれば、結論はどうしても偏ります。建築、不動産鑑定、税務・会計の専門家にそれぞれ見てもらえば、売却益への課税や移転費用まで含めた比較ができます。

創業の地への愛着は、経営判断から切り離す必要はありません。ただ、愛着だけで決めれば数字の検討が後回しになり、数字だけで決めれば社員や取引先への説明が薄くなります。愛着も数字も、取締役会で説明できる形にしておく。そこまで整えて初めて、資産の持ち方についての説明責任を果たせるのだと思います。

まとめ

  • 築30年超の本社ビルが増え、「改修か、売却・移転か」の判断を迫られる企業が増えている
  • 工事費は2020年度比で2割超上昇。判断を先送りする間にも、コストは膨らんでいく
  • 2027年4月以後に始まる事業年度から新リース会計基準が適用され、リースバックで「身軽になる」効果は小さくなる
  • 空いた床のコストは1坪あたりに直して賃貸相場と比べる。所有の強みも賃料上昇局面では大きい
  • 修繕の見積もりと売却の査定を同じ時期に取り、取締役会で説明できる形で比べる

自社ビルを持つか手放すかに、唯一の正解はありません。問われているのは、どちらを選ぶかより、選んだ理由を数字と言葉で説明できるかどうかです。資産の持ち方にも説明責任が問われる時代へ。

数字を早く正確に見るには、経理の仕組みも欠かせません。会計・経費・給与をクラウドでつなぎ、月次の数字を早く固める方法もあります。

【PR】

【出典・参考】
・ビジネスジャーナル「JTや電通も相次いで売却…なぜ今『自社ビル手放す』企業が激増?改修費2割高と新会計基準のジレンマ」(2026年10月4日)

※本記事は公表情報をもとに一般的な考察を目的として作成したものであり、特定の企業の評価や投資判断を推奨するものではありません。数値は出典記事に基づく参考値です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次