前回の経理規程に続いて、今回は、それを担う「経理メンバー」について解説します。実は、経理という同じ職種でも、上場企業と中小企業とでは、求められることが全く異なります。その違いは、日々使う言葉づかいにも表れます。IPO準備で、経理の「人」に何が起きるのか。実務目線で整理します。
「経理処理」と「会計処理」――言葉の違いに表れるもの
面白いもので、中小企業では「経理処理」、上場企業では「会計処理」と、少し違う用語で会話をしている気がします。些細な言い回しの違いのようで、実は、この二つの言葉が、仕事の性質の違いを言い当てています。
なぜ違うのか。それは、中小企業の経理と、上場企業の経理とで、そもそも求められる仕事が別物だからです。
中小企業の経理は「作業ベース」
中小企業の経理は、主に、現金残高が合っているか否か、来た請求書の支払をしているか、といったことが中心です。お金がきちんと合っていて、払うべきものを払っていれば、基本的には問題ありません。どちらかというと、作業ベースの仕事です。
これは、決して簡単という意味ではありません。日々の取引を正確に記録し、お金を合わせるのは、それ自体が大切な仕事です。ただ、求められるものの中心が「正確な作業」にある、ということです。
上場企業の経理は「判断」――請求書一枚の重み
一方、上場企業の経理は、請求書一枚をとっても、考えることが格段に増えます。
その取引先の反社チェックはできているか。事前の承認は得ているのか。見積り・契約書と請求書の内容は一致しているのか。その費用は、いつ計上すべきか。請求内容がこれまでと異なれば、勘定科目はどうすべきか。一枚の請求書を前に、これだけのことを、幅広く考えていく必要があります。
「とりあえず、この科目で、この日付で」という処理は、通用しません。そうした安易な処理は、監査法人から指摘をされます。それだけではありません。財務諸表を開示したとき、不適切な処理は、投資家の判断を誤らせてしまいます。上場企業の会計数字は、投資家が投資判断を下す材料です。だからこそ、一つひとつの処理に、十分な能力が求められるのです。作業ではなく、判断。これが、上場企業の経理の本質です。
経理責任者は「新たに登用」が必要になることが多い
特に、経理責任者には、これらを総合的に判断する力が求められます。そのため、IPO準備にあたっては、経理責任者を新たに登用する必要が出てくることが多いのです。いわゆる、CFOや経理部長の外部採用です。
これは、既存メンバーの能力を否定するものではありません。求められる仕事の性質が、そもそも変わるからです。ただ、ここに、難しい問題が潜んでいます。外部から会計のプロが入ってくることで、既存メンバーのモチベーションが下がってしまう、あるいは離職してしまう。これは、望ましい展開ではありません。長年会社を支えてきた経理メンバーが、「自分たちは評価されていない」と感じて去ってしまえば、会社は貴重な戦力と、業務の連続性を失います。新しい力を入れつつ、既存の力も活かす。この両立への配慮が、極めて重要になります。
「全く違う組織になる」ことを、社長にも理解してもらう
そして、これは経理部門だけの話ではありません。IPOにあたっては、会社がこれまでとは全く違う組織になること、そして管理部門が重要であることを、社長をはじめ、経営陣に理解してもらう必要があります。
「経理は、今まで通り数字を合わせておいてくれればいい」――そうした認識のままでは、IPOは進みません。経理は作業から判断の仕事へ変わり、そのために新しい人材が要り、既存メンバーへの配慮も必要になる。管理部門は、コストセンターではなく、上場を実現する要の部門になる。この変化を、経営トップが理解し、必要な投資と配慮を決断できるか。それが、IPO準備の成否を分けます。規程を整え、体制を作るのは管理部門の仕事ですが、「管理部門を重視する」という決断は、社長にしかできないのです。
まとめ
経理は、上場企業と中小企業とで全く異なります。中小企業の「経理処理」が、現金を合わせ請求書を支払う作業ベースの仕事であるのに対し、上場企業の「会計処理」は、請求書一枚でも、反社チェック・事前承認・証憑の一致・計上時期・勘定科目まで判断する仕事です。安易な処理は監査法人に指摘され、投資家の判断も誤らせるため、十分な能力が要ります。特に経理責任者は新たな登用(CFO採用)が必要になることが多いものの、既存メンバーのモチベーション低下や離職は避けたい。そして何より、会社が全く違う組織になること、管理部門が重要であることを、社長をはじめ経営陣に理解してもらうこと。それが、IPOを支える「人」の土台になります。
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※本記事は、IPO準備に携わった経験に基づく一般的な見解です。組織体制や人材採用の判断にあたっては、専門家にご相談ください。

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