前回の「㉛監査法人の選び方とショートレビュー」では、監査法人の選定と、その入口となるショートレビューを見てきました。今回は、その続きです。ショートレビューの報告書を受け取ったあと、並んだ指摘をどう潰していくかを扱います。
結論を先に言えば、指摘は「N-2期首に間に合うか」で優先順位をつけ、一つひとつに担当者と期限を置き、「規程を作った」ではなく「運用されている」ところまでを解消と呼ぶことです。日本公認会計士協会(JICPA)のガイドブックも、課題は数多くあるのが通常であり、効率的に進めるには改善の優先順位を考慮する必要がある、と述べています。コーポレート実務の視点で、課題一覧の作り方、優先順位の付け方、担当割り、規程と運用の一致までを整理します。
報告書を受け取ったら、まず「課題管理表」に落とす
ショートレビューの報告書は、監査法人の視点で書かれた「診断書」です。そのままでは社内の誰が何をすればよいのかが見えません。最初の仕事は、指摘を1件1行の課題管理表に置き換えることです。地味ですが、この表が上場準備全体の進捗管理の土台になります。
☐ 区分:会計処理/決算体制/内部管理体制(規程・職務分掌・稟議)/ガバナンス/労務/情報システム/関係会社・関連当事者
☐ 影響:決算の数字に影響するか、審査で論点になるか
☐ 担当者(オーナー)と期限:部署ではなく個人名。期限はN-2期首から逆算
☐ 解消の方法:ルールの作成/人材の採用/システムへの投資/取引の見直し・解消
☐ 解消の証跡:規程、議事録、承認記録など、後から第三者が確認できるもの
☐ 状態:未着手/対応中/整備済/運用確認済
ポイントは、「状態」を整備済と運用確認済に分けておくことです。規程ができた段階で「完了」にしてしまうと、表の上では解消したのに、実際には誰もそのルールで動いていない、という状態が見えなくなります。
優先順位は「N-2期首に間に合うか」で決める
JICPAのガイドブックは、上場会社には決算体制や内部管理体制など一定水準の内部統制が必要であり、直前々期(N-2期)の期首までに整備しておく必要があるとしています。監査対象期間の始まりから、上場会社と同様の管理体制が整備され、運用に入っていることが求められるためです。整備には時間がかかるので、課題は「重要度」だけでなく「どれだけ時間がかかるか」でも並べ替えます。
判断に迷うのは、「どこまで直せば足りるのか」です。ガイドブックも、何を優先的に、どの程度まで、どうやって改善するかで迷う場面は少なくなく、判断を誤ると回り道になると指摘しています。ここは社内だけで決めず、監査法人やアドバイザー、主幹事証券に「この水準で足りるか」を確認しながら進めるのが近道です。前回触れたとおり、監査を依頼する監査法人には独立性の制約があるため、どこまで相談できるかは先に確認しておきます。
担当割り──管理部門だけで抱え込まない
指摘の多くは管理部門の仕事に見えますが、実際には営業、購買、現場、そして経営者自身が動かないと解消しないものが少なくありません。売上の計上基準を直すには営業の契約や検収の流れを変える必要があり、関連当事者取引の見直しは役員本人の判断が要ります。
担当は部署ではなく個人名で置き、月に一度は課題管理表を使った進捗会議を開いて、遅れている項目と判断が必要な項目を経営陣に上げる。こうした「会議体」を最初に決めておくと、指摘が放置されにくくなります。ガイドブックのアンケート考察が、ショートレビュー前の早い段階で経営者と考え方を共有できるCFOを選任することが有効だとしているのも、この推進役が要るからでしょう。
「規程を作った」は解消ではない──整備と運用
ガイドブックは、上場会社の水準に足りない部分をルールの作成、人材の採用、情報システムへの投資などで補うことを内部統制の「整備」、形ができたあとに仕組みが実際に実行されているかを確かめ、過不足を是正していくことを「運用」と整理しています。指摘を潰すとは、この両方を終えることです。
ありがちなのは、ひな形をもとに規程を一気に作り、実態と合わない条文が残るケースです。決裁権限表では部長決裁なのに、実際は社長がチャットで承認している。規程では毎月開くはずの会議が、議事録の上では四半期に一度しか開かれていない。こうした「規程と運用のズレ」は、監査でも審査でも確認されるポイントです。規程は自社の実態に合わせて作り、作ったら運用の記録が残る形にしておきます。
運用を確かめる役割を担うのが内部監査です。課題管理表の「運用確認済」は、担当部署の自己申告ではなく、内部監査や管理部門が記録を見て確認した段階で付けるようにすると、表の信頼性が上がります。この積み上げは、上場後の内部統制報告制度(J-SOX)への対応の下地にもなります。
N-2期に入ってからも、表は閉じない
監査対象期間に入ると、監査法人による監査の過程で新たな指摘が出てくるのが普通です。主幹事証券の引受審査に向けた準備でも、新しい論点が加わります(㉚引受審査とは何か、何を見られるのか)。課題管理表はショートレビューのためだけのものではなく、上場まで使い続ける「上場準備の台帳」として育てていくものです。
そのためにも、解消した課題の証跡を、規程・議事録・承認記録と紐づけて残しておきます。後から「いつ、誰の判断で、どう直したのか」を問われたときに、表から一次資料にたどれる状態にしておくことが、審査対応の負担を大きく減らします。
まとめ──指摘は「運用」まで見届けて初めて消える
- ショートレビューの報告書は、まず1件1行の課題管理表に落とす。担当者は個人名、期限はN-2期首から逆算
- 優先順位は重要度と所要時間の両方で決める。監査対象期間の数字に響くものが最優先、人材・システム・関係会社の整理は早く着手
- 「どこまで直せば足りるか」は社内で決めきらず、監査法人・アドバイザー・主幹事に確認する(独立性の制約に注意)
- 経営者や事業部門が動かないと消えない指摘は多い。月次の進捗会議で判断事項を経営陣に上げる
- 規程を作った「整備済」と、記録で確かめた「運用確認済」を分ける。規程と運用のズレは監査でも審査でも見られる
ショートレビューの指摘は、会社にとって耳の痛いものが並びます。ただ、裏を返せば、上場会社になるために何が足りないかを外部のプロが一覧にしてくれたものでもあります。一つずつ担当と期限を置き、運用まで見届けて消していく。その地道な作業が、N-2期以降の監査と審査を支えます。次回は、上場準備のもう一つの柱である「資本政策」の基本を扱います。
出典・参考
- 日本公認会計士協会「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック【第3版】」(2026年2月)(Ⅱ IPOを目指すに当たって、Ⅲ-8 内部管理体制の構築、Ⅳ アンケート結果報告書)
※本記事は執筆時点の制度をもとに一般的な実務の流れを解説したものであり、個別案件の判断は主幹事証券・監査法人等にご確認ください。

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