退職から5年以上たって、在職中に持ち出された技術情報が外に出た疑い──。2026年10月にITmedia ビジネスオンラインが報じた、旭化成の元社員による営業秘密の漏えい事件です。この「時間差」には、多くの会社が見落としている情報管理の盲点が表れていると感じます。管理部門で入退社の手続きや規程づくりに携わってきた立場から、その意味を読み解きます。
・元社員は2018年11月末に退職。中国企業への情報提供が疑われているのは2024年
・発覚のきっかけは、元社員の再就職先が別の情報漏えいについて警察に相談したこととされる
・旭化成は、取引先から預かった技術資料と個人情報は含まれていないと説明。元社員と中国企業に情報の利用停止や廃棄を求める民事訴訟を起こす方針
・元社員の認否は明らかにされていない
= 退職手続きの「完了」から何年もたって、問題が表に出た。
退職から5年以上、会社には見えなかった「時間差」
記事によれば、元社員は2018年11月末に退職し、中国企業への情報提供が疑われているのは2024年です。在職中に持ち出された情報が、退職から5年以上たって外に出たことになります。
しかも発覚のきっかけは旭化成自身の調査ではなく、元社員の再就職先が別の情報漏えいについて警察に相談したことだったとされています。会社の側から見れば、退職手続きを終えた時点で、その情報がどこにあるのかを確かめる手段はほとんど残っていなかったということです。
情報漏えい対策というと、USBメモリの利用制限や社外メールの監視など、在職中の社員の行動に目が向きがちです。記事でも触れられているように、積水化学工業の元社員の事件では、在職中に技術情報を持ち出して提供したとして、2021年に有罪判決が出ています。これに対して今回は、持ち出しは在職中でも、流出は退職後です。在職中の監視をいくら固めても、退職後に起きる流出は防ぎきれません。
「PCが戻った」は「情報が残っていない」ではない
管理部門の立場から言えば、退職手続きは「貸与物の回収」と「アカウントの停止」で完了扱いになりがちです。PCも社員証も戻り、チェックリストはすべて埋まる。ただ、PCが戻ってきたからといって、その中にあった情報の写しが手元に残っていないとは限りません。
IPO準備で入退社の手続きや誓約書を整えたときも、書式をそろえること以上に、退職予定者がどの情報にアクセスしていたかを事前に洗い出し、直前の大量ダウンロードや私用アドレスへの送信がないかをログで確かめる段取りまで決めておくことが大切だと感じました。地味ですが、最終出社日の数週間前から始める確認こそが実効性を左右します。
・ログ:退職が決まった前後の大量ダウンロード、私用アドレスへの送信、印刷の有無を確かめる
・保有データ:貸与物だけでなく、私物端末や個人のクラウドに業務データが残っていないかを確認する
・誓約書:退職後も守るべき秘密を具体的に示し、本人と確認したうえで署名をもらう
= 管理の終点を「最終出社日」にしない。
旭化成も再発防止策として、機密情報の特定と区分、アクセス権限の見直し、退職予定者に関する誓約書や貸与PCの管理などを具体的に挙げています。「教育を徹底します」で終わらせず、手続きの単位で対策を示している点は、他社にとっても参考になると思います。
守るための管理と、説明するための管理は同じもの
もう一つ、実務者として押さえておきたいのは、不正競争防止法で営業秘密として守られるには、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たす必要があるという点です。会社が「重要な情報だった」と言うだけでは足りず、秘密として管理していたことを後から説明できなければなりません。
アクセス権限の設定、秘密表示、誓約書、研修の記録。これらは情報を漏らさないための管理であると同時に、漏れたときに「この情報は秘密として扱っていた」と説明するための証拠にもなります。漏らさないための管理と、漏れたときに説明するための管理は、同じ仕組みの表と裏だと思います。経済産業省も2026年4月に「技術流出対策ガイダンス第2版」を公表しており、技術流出は情報システム部門だけでなく、経営の問題として扱われるようになっています。
会社の秘密と本人の経験を、在職中から線引きする
一方で、人材の流動化が進むなかで、転職者が経験や能力を次の職場で生かすこと自体は当然のことです。法律が禁じているのは営業秘密の不正な取得や使用・開示であって、転職そのものではありません。
だからこそ、何が会社の秘密で、何が本人の経験なのかを、在職中から線引きして伝えておく必要があります。誓約書に「一切の情報」と書くだけでは、かえって守るべきものがぼやけてしまうでしょう。対象となる情報を具体的に示し、退職面談で本人と確認する。社員にとっても、何をしてはいけないのかがはっきりしているほうが、安心して次のキャリアに進めるはずです。
まとめ
- 旭化成の元社員は2018年11月末に退職し、情報提供が疑われているのは2024年。退職から5年以上の「時間差」がある
- 貸与物の回収とアカウント停止だけでは、手元に残った情報の写しは確かめられない
- 退職予定者のアクセス権の洗い出しやログの確認は、最終出社日の数週間前から始める必要がある
- 営業秘密として守られるには3要件があり、秘密として管理していたことを後から説明できる記録が欠かせない
- 会社の秘密と本人の経験の線引きを、在職中から具体的に伝えておくことが大切
退職日は人事の手続きの終わりであって、情報管理の終わりではありません。「退職処理完了」の中身を、自社の言葉で説明できるかが問われていると感じます。
統制を「運用」まで落とし込むには、承認や記録を人の注意だけに頼らず残せる仕組みも必要です。ワークフローや文書管理などのシステム選びでは、要件を伝えると自社に合う製品や開発会社を紹介してくれるサービスを使う方法もあります。
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【出典・参考】
・ITmedia ビジネスオンライン「旭化成・元社員「情報漏えい」で逮捕 「PC返却」で安心する企業が陥る“時間差流出”の罠」(2026年10月13日)
※本記事は公表情報をもとに一般的な考察を目的として作成したものであり、特定の企業の評価や投資判断を推奨するものではありません。数値は出典記事に基づく参考値です。

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