前回、IPO準備の第一歩として「取締役会の設置」を取り上げました。今回はその続きで、設置した取締役会を、1年を通してどう運営していくか、という話です。取締役会には、毎年決まって必要になる「必須の議案」があり、それ以外にも随時の決議事項があります。そして、表には見えにくい膨大な準備作業があります。その全体像を、年間の流れで整理します。
1年の軸になる、二つのヤマ場
取締役会の年間スケジュールには、どの会社でもほぼ必須となる、二つのヤマ場があります。それは、決算期末を起点に考えると見えてきます。
一つ目のヤマ場は、決算後です。事業年度が終わると、その期の決算を締め、事業報告と計算書類(決算書類)を作成します。これらを承認し、あわせて定時株主総会の議案を決める取締役会――いわゆる「決算取締役会」を開きます。そして、定時株主総会が終わった直後には、代表取締役の選定などを行う「臨時取締役会」を開くのが通例です。定時株主総会は、決算期末から3か月以内(3月決算なら6月)に開くのが一般的なので、このヤマ場は、期初から数えて3か月目あたりに訪れます。
二つ目のヤマ場は、期末が近づく頃です。来期の予算を決議する取締役会です。新しい事業年度が始まる前に、翌期の予算案を審議し、決定しておく。これが、もう一つの大きな定例議案になります。
もちろん、取締役会は3か月に1回以上の開催が義務づけられており、上場準備中は毎月開くのが一般的です。ですから、この二つのヤマ場の間も、毎月、取締役会は開かれます。ただ、「年に必ずこれは決める」という必須議案の軸として、決算まわりと予算、この二つを押さえておくと、1年の見通しが立てやすくなります。
必須議案以外にも、決議事項は次々に出てくる
年間の必須議案は以上ですが、取締役会で決議すべきことは、これだけではありません。会社を運営していれば、随時、さまざまな決議事項が発生します。
こうした、社内ルールにかかわることや、法的な側面で決議が必要なことが、その都度、取締役会の議案になります。何を取締役会に諮るべきかは、会社法や自社の取締役会規程で決まっており、その線引きを正しく理解しておくことも、管理部門の重要な役割です。
議案は「誰も教えてくれない」――担当者が先回りして準備する
ここで、実務の現場ならではの、大事な話をします。取締役会の議案は、実は、誰かが「次はこれを決議してください」と教えてくれるものではありません。
社長をはじめ、経営陣も、次に何を決議すべきかを、必ずしも把握しているわけではないのです。だからこそ、IPO担当者は、自分で準備するしかありません。社内で今どんなことが起きているかという情報を集め、会社法や取締役会規程に照らして、「これは取締役会の決議が必要だ」と推測し、先回りして議案を組み立てる。この「誰も教えてくれない議案を、自ら見つけて準備する」という動きこそ、取締役会運営の、最も見えにくく、最も重要なタスクです。受け身で待っていては、決議漏れが起きてしまう。能動的に議案を拾い上げる力が、担当者には求められます。
スケジュール表に「見えないタスク」がある
年間スケジュールの表に並ぶのは、取締役会の「開催日」です。けれど、その一日の裏側には、表に見えない膨大な準備タスクが隠れています。
たとえば、決算後の取締役会。この一日のために、決算が締まった後の「数字固め」から作業が始まります。監査法人のチェックを受けながら、計算書類を確定させていく。並行して、株主総会の議案を組み立てる。さらに、その株主総会で取締役や監査役を選任するなら――ここが特に見落とされやすいのですが――候補者との交渉を、半年ほど前から始めておく必要があります。「次の総会で、この人に役員に就いてもらう」という段取りは、当日いきなりできるものではなく、水面下で長い時間をかけて進めるものなのです。取締役会や株主総会という「本番の一日」は、いわば氷山の一角。その下に、何か月分もの準備が沈んでいます。
予算準備で避けて通れない「役員報酬」――特に気を使う
もう一つ、見えないタスクの中でも、特に神経を使うものがあります。予算準備の過程で必要になる、来期の役員報酬の確認です。
これは、本当に気を使う作業です。なぜなら、これまで正面から議論してこなかった「報酬」について、事前に詰めていく必要があるからです。誰にいくら、という話は、どうしてもデリケートになります。しかも、上場に際しては、単に金額を決めるだけでは済みません。「何を基準に、その報酬を決めたのか」という、決定のプロセスと根拠が問われます。
役員報酬は、株主総会で総額の枠を決議し、その範囲内で個別配分を決めるのが、実務の基本です。さらに、上場会社等では、報酬の「決定方針」を取締役会で定め、事業報告で開示することが求められます(改正会社法)。透明性と公正性が、厳しく問われるのです。そして、役員報酬は、それなりにPL(損益)へのインパクトがあります。人数分の報酬は、決して小さくない固定費です。だからこそ、予算全体の中でしっかり計画し、根拠を持って決めていく必要があります。「気を使う」うえに「重い」。役員報酬は、予算準備の中でも、特に慎重な扱いを要するテーマです。
「準備をしっかりできること」が、IPOの条件
そして、この見えない準備を、漏れなく、遅れなく進められる体制があること。それこそが、IPOに求められる姿だと考えています。
上場会社は、決まったスケジュールで、決まった手続きを、確実に実行し続けなければなりません。取締役会の議案準備が間に合わない、役員選任の段取りが遅れる、決議すべきことを諮り忘れる――そうした手続き漏れや遅延は、上場会社では許されません。逆に言えば、こうした一連の準備を、抜けなく回せる体制を作ることが、上場準備そのものでもあるのです。取締役会を「回す」とは、単に会議を開くことではなく、その裏にある膨大な準備を、静かに、確実に積み上げていくこと。その積み重ねができる管理部門を作れるかどうかが、IPOの成否を分けます。
まとめ
取締役会の年間運営には、二つの必須のヤマ場があります。決算後の「決算取締役会+総会後の臨時取締役会」と、期末近くの「来期予算の決議」です。加えて、規程変更・高額決裁・組織変更・予算修正・訴訟・重要契約・移転など、随時の決議事項が次々と発生します。しかも、その議案は誰も教えてくれず、担当者が情報と会社法から推測して準備します。そして「開催日」の裏には、決算の数字固め、半年前から始まる役員候補との交渉、そして特に気を使う役員報酬の検討といった、見えない準備タスクが膨大にあります。この準備を、漏れなく遅れなく進められる体制を作ること。それが、IPOに求められる管理部門の姿なのです。
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ワンキャリア転職|企業の年収・クチコミ・選考対策等の転職情報が満載※本記事は、IPO準備に携わった経験に基づく一般的な見解です。取締役会の運営・決議事項や役員報酬の決定にあたっては、弁護士・司法書士・税理士等の専門家にご相談ください。制度は改正されることがあります。
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