過去の評価額を下回る「ダウンラウンド」で、あえてスタンダード市場を選ぶ──。2026年9月にBusiness Insider Japanが報じた、駐車場シェア「アキッパ」を運営するakippaの上場戦略です。従来のスタートアップの常識とは異なるこの選択には、上場基準の厳格化時代を見据えた、したたかな戦略が透けて見えます。IPO実務に携わってきた立場から、その意味を読み解きます。
なぜ「グロース」でなく「スタンダード」だったのか
従来のスタートアップの感覚であれば、この規模・成長ステージなら、グロース市場を想定するのが一般的だったと思います。あえてスタンダード市場を選んだ点に、最近の上場基準を強く意識した戦略を感じます。
グロース市場では、2030年から上場維持基準が厳格化され、「上場から5年経過後に時価総額100億円以上」が求められます。この基準が意識されるなか、成長性より安定性が評価されるスタンダードを選んだ判断には、合理性があります。スタンダード市場は、直近1年で1億円以上の利益が求められるなど、安定した収益基盤が問われる市場です。すでに黒字化を達成しているakippaにとっては、むしろ相性がよい市場だとも言えます。
そして5年100億円基準については「当然超えていく前提だったため、市場選択の大きな議論にはならなかった」と説明している。
= 基準回避というより、事業戦略上の積極的な選択だと位置づけている。
ここは、正確に見ておきたい点です。外から見れば「厳格化する基準を意識した選択」と映りますが、CEO本人は、あくまで事業上の信頼性を理由に、前向きにスタンダードを選んだと語っています。取引先の受け止めまで踏まえて市場を選ぶという発想は、成長性の物語だけで市場を選びがちなスタートアップとは、一線を画す視点です。
最も重い決断──ダウンラウンドでの上場
そして何より重い決断だと感じるのが、ダウンラウンドでの上場です。過去の資金調達時の評価額を下回る水準での上場は、既存株主にとって、極めて厳しい現実を意味します。
過去の資金調達時に146億円近くだった評価額に対し、公開価格ベースの時価総額は約36億円。これは既存株主、特にVCにとって、投資額を下回る水準での上場を意味します。IPO実務に携わった立場から言えば、この局面で株主の同意を取り付けるのは、並大抵のことではありません。
株主からすれば、ダウンラウンドを「見送る」という選択肢も、当然あり得たはずです。しかし、見送れば上場によるエグジットの機会を失う。ファンドには投資期限があり、いつまでも塩漬けにはできません。回収できないリスクと、目減りしてでも流動性を得るという現実的な利益。この天秤のなかで、さまざまな事情が重なって同意に至ったのだと想像します。金谷CEOの「株主には申し訳ない」という言葉に、その難しさが凝縮されています。経営者として、頭を下げてでも前に進むという判断の重さが、伝わってきます。
上場の価値は「評価額」だけでは測れない
ただ、コーポレートの視点で見れば、上場そのものがもたらす価値は、評価額だけでは測れません。ここに、この決断の合理性があります。
・M&Aや資金調達が、非上場時よりはるかに動かしやすくなる
→ akippaのロールアップM&Aによる非連続成長には、この「上場企業としての信用と調達力」が大きく効いてくる。
上場企業になることで、取引先からの信用が上がり、商談が進めやすくなる。M&Aや資金調達も、非上場時よりはるかに動かしやすくなります。akippaが掲げるロールアップM&A(中小の駐車場事業者を買収し、キャッシュレスやAIで収益力を高める)による非連続成長には、この「上場企業としての信用と調達力」が、大きく効いてくるはずです。つまり、評価額という一時点の数字より、上場が開く「その後の成長の扉」を優先した判断だと読み解けます。
「スモールIPO」を、成長への通過点に
初値が公開価格の2.2倍をつけたことは、市場がこの成長戦略を評価した表れでしょう。評価額を下げてでも上場という土台を確保し、そこから時価総額1000億円を目指す。akippaは、この上場を「スモールIPO」と自ら位置づけ、成長への通過点だと明言しています。
スタートアップのエグジットが「大きく上場するか、大企業の傘下に入るか」に二極化していると言われるなか、その中間に「小さく上場して、そこから大きく育つ」という第三の道を示した。これは、上場をゴールでなくスタートと捉える発想です。上場基準の厳格化で、IPOのハードルが上がり続ける時代。そのなかで、身の丈に合った市場を選び、上場企業という土台を得て、そこから成長を加速させる。この戦略が、これからの企業価値向上でどう実を結ぶか。上場基準の厳格化時代における、一つのロールモデルとして注目したいと思います。
まとめ
- akippaが東証スタンダード市場に上場。成長ステージ的にはグロースが一般的だが、あえてスタンダードを選択。CEOは「取引先の信頼・安定感」を理由に挙げ、5年100億円基準は市場選択の主因でないと説明
- 過去の調達時評価額約146億円に対し、公開価格ベースの時価総額は約36億円。ダウンラウンド上場で、株主の同意を得るのは容易でない
- 上場の価値は評価額だけでない。信用・商談・M&A・調達力という「上場企業であること」の価値が、ロールアップM&Aによる成長に効く
- 初値は公開価格の2.2倍。「スモールIPO」を通過点とし、時価総額1000億円を目指す。上場基準厳格化時代の一つのロールモデル
上場基準が厳格化し、IPOが減少するなかで、akippaの選択は、一つの問いを投げかけています。上場とは、何のためにするのか。高い評価額を得ることがゴールなのか、それとも、成長のための土台を得ることがゴールなのか。akippaは、明確に後者を選びました。評価額の目減りという痛みを受け入れてでも、上場企業という土台を確保し、そこから大きく育つ。この覚悟と戦略が、これからの成長企業にとって、上場のあり方を問い直す一つのモデルになるのかもしれません。IPOを「ゴール」から「スタート」へ。その発想の転換が、厳格化時代を生き抜く鍵になりそうです。
【出典・参考】
・Business Insider Japan「『株主には申し訳ない』akippaがスタンダード市場に上場。あえて“スモールIPO”を選んだ理由」(2026年9月18日、土屋咲花)
※本記事は公表情報をもとに一般的な考察を目的として作成したものであり、特定の企業の評価や投資判断を推奨するものではありません。数値は出典記事に基づく参考値です。
