これまでのIPO記事では、心得や、外部関係者、責任者の人選という「考え方」を扱ってきました。今回は、より具体的な話です。いざIPO準備を始めるとき、社内整備の第一歩となるのが、取締役会の設置です。そして、この一歩を境に、管理部門の守備範囲は一気に広がっていきます。取締役会の設置とは何か、そこから何が始まるのかを、実務目線で整理します。
スタート地点――取締役一人、監査役なし
IPO準備を始めるときの多くの会社は、こういう状態です。取締役は一人(創業社長)、監査役はいない。重要な意思決定も、社長が一人で下している。急成長したスタートアップとしては、自然な姿です。スピード重視で、一人で決めて、一人で進める。それが強みでもありました。
けれど、上場を目指すとなると、この体制のままではいられません。会社のガバナンス(統治)と内部統制を整える必要があるからです。その第一歩が、取締役会の設置です。
取締役3人・監査役1人で、取締役会をつくる
監査役 なし
監査役 1人以上
取締役会を設置するには、会社法上、取締役3名以上と監査役1名以上が必要です(非公開会社で会計参与を置く場合などの例外はあります)。そこで、取締役を3人、監査役を1人にして、取締役会をつくります。
取締役会を設置すると、重要な意思決定は、ここで行うことになります。社長の単独の判断ではなく、複数の取締役が協議し、決議する。この「協議・決議」というプロセスを通じて、会社を運営していく形に変わります。一人の判断から、組織の判断へ。これが、上場会社に求められるガバナンスの基本です。
そして、監査役は、主に法的な側面から、経営を監視します。取締役会の意思決定に問題はないか。社内外でトラブルは起きていないか。取締役の業務執行が適正か。こうした点をチェックし、時には取締役の暴走を食い止める。透明性のある経営を行うこと。それが、IPOに向けた、確かな一歩になります。
ここから、管理部門の守備範囲が一気に広がる
取締役会を設置すると、管理部門の仕事は、目に見えて増えていきます。これまでになかった業務が、次々と発生するのです。
まず、登記や規程まわり。取締役会を設置するための定款変更。役員が増えたときの、選任登記(就任から2週間以内)。そして、あまり関わってこなかった司法書士との連携も、ここで始まります。会社の機関設計が変わるため、法務の専門家との協働が欠かせなくなります。
取締役会の「運営」という、新しい定例業務
取締役会は、設置して終わりではありません。むしろ、そこからが本番です。取締役会は、少なくとも3か月に1回以上の開催が義務づけられていますが、上場準備では毎月開催するのが一般的です。つまり、毎月、取締役会を運営する、という新しい定例業務が生まれます。
具体的には、こうです。毎月の取締役会の資料作成。議案の検討。会議室の予約。そして、議事録の作成と保管(取締役会議事録は10年間の保管義務があります)。さらに、社外役員を迎えるなら、そのスケジュール調整も必要です。社外役員からは、責任限定契約(万一の際の責任範囲を限定する契約)の締結を求められることもあります。取締役会を「回す」ことそのものが、管理部門の重要な仕事になるのです。
経理も、上場会社モードへ
取締役会の設置と歩調を合わせて、経理の仕事も、上場会社のレベルへと引き上げられます。
まず、月次決算の開始。取締役会に業績を報告するため、毎月、決算を締める必要が出てきます。その月次業績資料も、取締役会の資料として作成します。さらに、税務申告の延長手続き(上場準備で会計監査を受けると、申告期限までに確定が間に合わないため、申告期限の延長申請をします)。そして、これまで社長が個人的に持っていた口座情報など、お金まわりのアクセスを、経理が正式に管理する体制へと移していきます。ブラックボックスをなくし、お金の流れを組織で管理する。これも、透明性のある経営への一歩です。
そして、年度予算の作成も
加えて、年度の予算作成も、管理部門の仕事になります。上場会社は、予算を立て、実績と比較し、差異を分析し、必要なら業績予想を修正する――という予実管理が求められます。その出発点となる予算を、きちんと作る。これも、取締役会設置とともに始まる、新しい重要業務です。
これらを、N-3期で実施していく
そして、ここまで挙げた一連の整備――取締役会の設置、登記、議事録の運用、月次決算、予算作成――を、いわゆるN-3期(上場の3期前)で実施していく必要があります。
「IPOの心得」でも触れたとおり、上場準備は「徐々に」ではなく「N-2期にはできている」のが前提です。だからこそ、その手前のN-3期で、これらの土台を築いておく。取締役会の設置は、その最初の一歩であり、そこから管理部門は、上場会社の管理部門へと、姿を変えていくのです。一人で決めていた会社が、組織で決める会社になる。その転換点が、取締役会の設置なのだと思います。
まとめ
IPO準備の社内整備は、取締役会の設置から始まります。取締役一人・監査役なしの状態から、取締役3人・監査役1人の体制へ。重要な意思決定を協議・決議で行い、監査役が経営を監視する、透明性のある経営へと移行します。そして、この一歩を境に、管理部門の守備範囲は一気に広がります。定款変更・選任登記・司法書士連携、毎月の取締役会運営(資料・議案・議事録・社外役員対応)、経理の月次決算開始・税務申告延長・口座管理、そして年度予算の作成。これらをN-3期で築いていく。取締役会の設置は、会社が「組織で経営する」ことへの、確かな第一歩なのです。
※本記事は、IPO準備に携わった経験に基づく一般的な見解です。機関設計の変更や登記手続きにあたっては、司法書士・弁護士等の専門家にご相談ください。制度は改正されることがあります。
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