IPO準備で整備する50超の規程のうち、ひな形がほとんど役に立たないのが業務規程です。販売管理規程、購買管理規程、与信管理規程──名称は一般的でも、中身は会社ごとにまったく異なります。何をどの順番で行い、どこで誰の承認を取るのかは、ビジネスモデルそのものだからです。
そして業務規程は、作り込みの難易度に加えて、上場審査のスケジュールに最も影響を与えやすい規程でもあります。整合が取れていないと審査で指摘を受け、規程改定が必要になる。その改定が求められるタイミングが、申請時期そのものを動かすことがあります。本記事では、業務規程の作り方と、審査・進捗への影響、そして最も骨の折れるフローチャートと証憑の準備について、コーポレート実務の視点で整理します。
業務規程は「開始から請求まで」を俯瞰して作る
業務規程の作り方は、条文を書くことから始まりません。まず、業務の開始から請求・回収までの流れを俯瞰し、その中で重要な統制ポイントがどこにあるかを特定する。そのうえで、重要な内容を文書化していきます。
ここで意識したいのは、業務規程は業務マニュアルではないということです。手順のすべてを書き込む必要はなく、誰が承認するのか、何を証憑として残すのか、例外はどう扱うのかという統制上の要点に絞る。細かな手順は、規程の下位にマニュアルや業務フローとして置いたほうが、改定の負担も軽くなります。
最大の論点は、職務分掌・職務権限との整合
業務規程の作り込みでは、業務分掌規程・職務権限規程との一致を取っていくことが不可欠です。この整合性がないと、上場審査時にツッコミが入り、規程の改定が必要になります。
ありがちな不整合を挙げます。いずれも、単体の規程を読んでいるだけでは気づけません。
- 承認者が食い違う:業務規程では「与信限度額は営業本部長が承認」、職務権限規程では「与信に関する決裁は管理本部長」となっている
- 所管部門が存在しない:業務規程に「購買部が発注する」とあるが、業務分掌規程に購買部の記載がなく、実際は各事業部が発注している
- 金額基準が噛み合わない:職務権限規程では500万円超が取締役会決議だが、業務規程には金額に関する定めがなく、実務では部長決裁で通っている
- 職務の分離が担保されていない:受注登録と請求書発行、発注と検収を同一人物が行える建て付けになっている。内部統制上、最も重い指摘につながります
実務では、業務規程・業務分掌規程・職務権限規程を横断して、承認事項ごとに「誰が・どの規程の何条で・いくらまで」を一覧化した突合表を作ると、不整合が一気に可視化されます。手間はかかりますが、審査で個別に指摘されてから直すより、はるかに安く済みます。
改定が必要になるタイミングが、進捗を左右する
ここが、業務規程を早期に固めるべき最大の理由です。不整合が見つかったとき、その改定が必要になるタイミングが直ちになのか、猶予があるのかで、審査にも進捗にも大きな差が出ます。
規程の改定そのものは、取締役会決議を経る必要があるため、起案から施行まで1か月程度は見ておく必要があります。しかし、本当に効いてくるのはその先です。
ポイントは、規程は改定すれば終わりではなく、改定した規程どおりに運用された実績が問われるという点です。規程を直しても、その運用が数か月分しかなければ、「整備はされたが運用が定着しているとは言えない」という評価になり得ます。改定に1か月、運用実績の積み上げに数か月──合計で半年前後を要する可能性があると考えると、N-1期後半での発覚がいかに重いかが分かります。
だからこそ、業務規程の整合チェックは、指摘を待たずに自ら前倒しで行う価値があります。主幹事証券のショートレビューや監査法人の内部統制評価を待つのではなく、社内で突合表を作って先に潰しておく。これが、スケジュールを守る最も確実な方法です。
最も骨が折れる、フローチャートと証憑の準備
そして業務規程に合わせて、フローチャートと証憑を用意する作業が待っています。実務上、ここが最も骨の折れるパートです。
いわゆる「3点セット」
財務報告に係る内部統制の評価では、業務プロセスの整備状況を示す文書として、実務上いわゆる3点セットが用いられます。
なお、新規上場企業については、内部統制報告書に係る公認会計士監査を上場後3年間免除する特例が設けられています(金融商品取引法193条の2第2項4号。ただし資本金100億円以上または負債総額1,000億円以上の会社は対象外)。免除されるのは監査であって、内部統制報告書の提出義務そのものは残ります。さらに、上場審査では内部管理体制・業務管理体制が適切に整備・運用されているかが確認されます。「監査が免除されるから準備は後回しでよい」とは、まったくならない点に注意が必要です。
なぜ骨が折れるのか
この作業が重くなる理由は、いくつかあります。
- 現場の実態を聞き出す必要がある:規程やマニュアルに書かれている手順と、現場の実際の動きは往々にして違います。ヒアリングを重ねて実態を把握しなければ、絵に描いた餅のフローができあがります
- 例外処理が多い:通常フローは書けても、「急ぎの案件は口頭で承認して後から書面化」「特定顧客だけ別ルート」といった例外が必ず出てきます。これを書くべきか、なくすべきかの判断が要ります
- システムと紙が混在している:一部はワークフローシステム、一部は押印、一部はメール承認、という状態だと、証憑の形式が揃わず、統制の有効性を示しにくくなります
- 証憑に承認の証跡が残っていない:承認は実際に行われているのに、誰がいつ承認したかが記録として残っていないケース。フローとしては正しくても、証憑がなければ運用の証明ができません
- 組織変更のたびに作り直しになる:フローチャートは部門をレーンで描くため、組織が変われば図の構造ごと変わります。組織規程の改定と連動させて管理する必要があります
進め方のコツ──証憑から逆算する
実務的におすすめしたいのは、規程やフローから書き始めるのではなく、現に発生している証憑から逆算するアプローチです。
この順序で進めると、実態と乖離した規程ができるリスクを避けられます。理想形を先に書いてしまうと、規程と現場が二重になり、結局「規程どおりに運用されていない」という最悪の指摘を招きます。実態から出発し、足りない統制を足していく。遠回りに見えて、これが最短です。
まとめ
- 業務規程はひな形が効かない。業務の開始から請求・回収までを俯瞰し、統制上の要点に絞って文書化する
- 業務規程・業務分掌規程・職務権限規程の三つは必ず突合する。承認事項ごとの一覧表を作ると不整合が可視化できる
- 不整合が発覚するタイミングが進捗を左右する。改定に1か月、運用実績の積み上げに数か月。N-1期後半以降の発覚は申請時期に直結し得る
- フローチャートと証憑の整備は最も骨が折れる。新規上場には内部統制監査の免除特例があるが、免除されるのは監査のみで、上場審査での体制チェックは免れない
- 証憑から逆算して実態を復元し、そこに必要な統制を足していくアプローチが結果的に最短
業務規程は、会社の事業そのものを言語化する作業です。他社のひな形では代替できないぶん時間はかかりますが、ここを丁寧に作り込んでおくことが、審査対応を楽にし、上場後の内部統制報告制度への対応もそのまま支えてくれます。
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