⑩就業規則は、従業員との『約束ゴト』

規程シリーズ、以前「就業規則の棚卸」で、付属規程も含めた全体の見直し方を書きました。今回は、さらに踏み込んで、就業規則の「中身」を条項別に解説します。就業規則は、従業員との約束ゴトです。だからこそ、非常に重要な規程であり、条項ごとに、それぞれ異なるリスクと勘所があります。IPO準備の視点も交えて、整理します。

目次

就業規則は「従業員との約束ゴト」――取締役会決裁が妥当

就業規則は、労働時間、賃金、休暇、懲戒――働くうえでのあらゆる条件を定めた、会社と従業員との約束ゴトです。従業員の生活に直結するルールであり、一度定めれば会社を拘束します。社内規程の中でも、その重みは別格と言っていい。

だからこそ、就業規則の制定・改定は、基本的には取締役会での決裁が妥当です。以前の記事で、規程の改廃は取締役会決議事項になると書きましたが、就業規則はその筆頭です。労働基準法上の手続き(従業員代表への意見聴取、労基署への届出、周知)に加えて、社内の意思決定としても、最も重い扱いをすべき規程なのです。では、その中身のどこに、どんな勘所があるのか。条項別に見ていきます。

就業規則・条項別の勘所マップ
懲戒解雇事由 明文化しないと懲戒できない/珍しい規定は審査で経緯を聞かれる
特別休暇(会社独自) 一度決めたら、変更にはリスクと労力
退職金 不利益変更が最も難しい領域
育児・介護休暇 法改正が頻繁/実務対応もセットで発生
賃金・手当 規程からの逸脱は労務DDで指摘 → 金銭解決へ

懲戒解雇事由――「何が悪いか」を明文化する

就業規則がなぜ重要か。その象徴が、懲戒解雇事由です。就業規則には、どんな行為をしたら懲戒の対象になるか、その事由の事例が記載されています。つまり、「この会社では、何が悪いことなのか」を明文化している。従業員にとっては遵守すべき事項の一覧であり、会社にとっては秩序を守る根拠です。

これは、単なるお作法ではありません。判例上、会社が従業員を懲戒するには、あらかじめ就業規則に懲戒の種類と事由を定め、周知しておくことが必要とされています。規則に書いていない行為では、原則として懲戒できないのです。だからこそ、事由は網羅的に定めておく必要があります。

ただし、さじ加減があります。あまり細かく分けすぎても、息苦しい会社になります。禁止事項が延々と並ぶ規則は、従業員に「信用されていない」というメッセージにもなりかねません。そして、もう一つ、IPOならではの注意点があります。あまり一般的でない事由が書かれていると、上場審査の際に「過去に何かありましたか?」という質問が来るのです。規程の一文一文は、会社の歴史を映します。独特な規定は、独特な過去を推測させる。審査官はそこを見ています。網羅性と、一般性と、自社らしさ。このバランスが、懲戒規定の設計の妙です。

特別休暇――会社独自の制度は「一度決めたら重い」

次に、特別休暇などの、会社独自の制度です。リフレッシュ休暇、誕生日休暇、慶弔休暇の上乗せ――従業員のための良い制度ですが、一つ、覚えておくべきことがあります。一回決めたら、変更にはリスクや労力を問われる、ということです。

会社が任意で作った制度でも、就業規則に定めれば、労働条件の一部になります。後から「やっぱりやめたい」「日数を減らしたい」となれば、それは従業員に不利な方向の変更、つまり不利益変更の問題になり、簡単にはできません。導入するときは前向きな話だけで進みがちですが、「この制度を、この先ずっと続けられるか」まで考えてから決める。独自制度は、作るときより、やめるときのほうがずっと難しいのです。

退職金――不利益変更が最も難しい領域

退職金は、その最たるものです。退職金規程を一度定めれば、それは従業員が将来受け取るお金の約束になります。これを従業員に不利な方向へ変えること――不利益変更は、極めて難しい。

以前の記事でも触れたとおり、賃金や退職金といった重要な労働条件の不利益変更には、原則として個別の同意が必要で、同意なしに変更するには「高度の必要性」が求められます。退職金は金額も大きく、従業員の人生設計に関わるだけに、そのハードルは最も高い。制度設計の段階で、将来の会社の体力まで見据えて決めるべき領域です。

育児・介護休暇――法改正が頻繁、実務対応もセット

育児介護休暇の規程は、性質が少し違います。ここは、法改正が頻繁な領域です。育児・介護休業法は近年、毎年のように改正が続いており、規程を法改正に追随させ続ける必要があります。

しかも、規程の文言を直して終わり、ではありません。改正にあわせた実務対応も、まあまあの量が発生します。対象者への個別周知・意向確認、申請様式の変更、労使協定の見直し、システム設定の変更。規程と実務を、セットで動かし続ける。この「メンテナンスが常時発生する規程」だという認識を持っておくことが大切です。

賃金・手当――規程からの逸脱は、労務DDで指摘され「金銭解決」へ

そして、IPOで最も重いのが、賃金や給与に関する定めです。賃金規程には、基本給の決め方、各種手当、割増賃金の計算方法などが記載されています。問題は、実際の運用が、この規程から逸脱している場合です。

規程どおりに手当が払われていない。割増賃金の計算基礎から、本来含めるべき手当が漏れている。規程にない運用が慣行化している――こうした逸脱は、IPOの労務デューデリジェンスで確実に指摘されます。そして、指摘されて終わりではありません。未払いがあれば、過去に遡っての清算、つまり金銭解決が必要になります。対象者が多く、期間が長ければ、その金額は経営に響く規模になり得ます。賃金まわりは、「規程と運用の一致」が最も厳しく問われる領域。日頃から、規程どおりに計算し、規程どおりに払う。この当たり前を積み重ねておくことが、IPOへの一番の備えです。

まとめ

就業規則は、従業員との約束ゴトであり、取締役会決裁が妥当な、最も重い規程の一つです。懲戒解雇事由は「何が悪いか」の明文化であり、規則に定めなければ懲戒できない一方、細かすぎれば息苦しく、一般的でない規定は審査で経緯を問われます。特別休暇などの独自制度は一度決めたら変更が重く、退職金は不利益変更が最も難しい。育児介護は法改正への追随と実務対応がセットで続き、賃金・手当は規程からの逸脱が労務DDで指摘され、金銭解決に至ります。条項ごとに性質もリスクも違う。それを分かったうえで設計し、運用し続けることが、「約束を守れる会社」への道なのだと思います。

※本記事は、IPO準備に携わった経験に基づく一般的な見解です。就業規則の作成・変更、懲戒処分や不利益変更の判断にあたっては、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。制度は改正されることがあります。

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