①上場したいと思ったときからがスタート

IPO・経営管理のカテゴリの最初に、個別の手続きではなく、IPO準備の全体を貫く「心得」を置きたいと思います。これは、上場準備をハンズオンで経験した立場からの、実感に基づく話です。手順書には載らないけれど、準備の成否を分ける勘所がいくつもあります。これからIPOを目指す管理部門の方の、心の準備になれば幸いです。

目次

「上場したい」と思った瞬間が、スタートライン

IPOの準備は、「上場しよう」と思い立った、その瞬間から始まっています。そして同時に、その瞬間から、会社はそれまでとは別物になることを求められます。

一般に、上場には3年前後の準備期間が必要とされます。上場直前の2期間(直前々期=N-2、直前期=N-1)は、上場会社に準じた監査(準金商法監査)を受ける必要があり、遡って監査することは原則できません。つまり、「そろそろ体制を整えよう」では間に合わない。思い立った時点から逆算して、動き出す必要があるのです。

上場準備のおおまかな流れ(約3年)
N-3期 監査を受け入れられる管理体制を構築・人材確保/監査法人の選定
N-2期(直前々期) 上場会社と同等の体制を整備・運用/主幹事証券を選定/準金商法監査
N-1期(直前期) 構築した体制を1年通して運用・検証/申請書類の作成・引受審査
N期(申請期) 取引所へ上場申請/審査(通常2〜3か月)→上場

これまでの管理体制は、いったん忘れる

ここが、最初の、そして最大の意識の転換点です。上場を目指すと決めたら、これまでの管理体制は、いったん忘れたほうがいい。

オーナー社長がすべての決裁をし、人事も採用から昇降格まで社長が決め、社内ルールは就業規則くらい――急成長したスタートアップには、よくある姿です。けれど、上場会社に求められるのは、まったく別の世界です。N-3期には監査を受け入れられる管理体制を構築し、N-2期には上場会社と同等の体制を「整備し、運用している」段階に入っていることが求められます。「徐々に整えていく」のではなく、「N-2期にはもうできている」のが前提なのです。この水準の高さと、求められるスピード感を、最初に腹落ちさせておくことが、すべての出発点になります。

主幹事・監査法人には、嘘をつかず、素直に相談する

上場準備は、主幹事証券会社と監査法人という、外部のプロフェッショナルと二人三脚で進みます。彼らとの関係で、何より大切なのは、嘘をつかないこと、そして素直に相談することです。

都合の悪いことを隠したり、問題を小さく見せようとしたりするのは、最も避けるべき行動です。彼らは多くの上場を見てきたプロで、ごまかしはいずれ露見します。そして、その時に失うのは、お金では取り戻せない「信頼」です。会社に対する心象は、審査の場面で確実に効いてきます。問題があるなら、早く、正直に相談する。その誠実さこそが、結果的に上場への近道になります。

トラブルは、どの会社にもある――問われるのは「その後」

準備を進めれば、必ず何らかの問題が出てきます。未払い残業代、労働時間管理の不備、過去の会計処理の曖昧さ――トラブルのない会社など、ありません。

特に労務面については、近年の上場審査で、主幹事証券会社からほぼ例外なく労務デューデリジェンス(労務監査)が求められます。労働時間管理や未払い残業代は、IPO審査で最も重視されるポイントの一つです。

大事なのは、問題が出たこと自体ではなく、それをどう解決し、どう再発を防ぐかです。問題を発見し、誠実に是正し、二度と起きない仕組みを作る。その一連の対応ができていれば、むしろ「統制が機能している会社」として評価されます。トラブルを恐れて隠すのではなく、トラブルへの対応力を見せる。そういう発想の転換が要ります。

実力ある人材が入ってくる――任せて、口を挟まない

上場準備の過程では、それまでの会社にはいなかったタイプの、実力ある人材が入ってきます。経験豊富な管理部門の責任者、上場を知るCFO、専門性の高いスタッフ。彼らの力なくして、上場は実現しません。

ここで、創業からの経営陣に求められるのが、「任せる」という姿勢です。せっかく実力者を招いても、これまでのやり方に固執して口を挟み続けては、その人の力は発揮されません。任せて、信じて、口を挟まない。それが、会社が次のステージへ成長するために、経営者が乗り越えるべき課題でもあります。

管理部門の体制構築と人選が、最重要――間違えると全部パー

予算の確保はもちろん大切ですが、それ以上に重要なのが、管理部門の体制構築、とりわけ人選です。

上場準備は、管理部門が中核を担います。経理、財務、労務、法務、内部監査――これらを担う人材の質が、準備の成否を直接左右します。ここで人選を間違えると、それまで積み上げてきたものが、すべて台無しになりかねません。スキルだけでなく、誠実さ、上場準備の重圧に耐えられるか、経営陣と信頼関係を築けるか。人を見極める目が、ここでは決定的に重要になります。「誰に任せるか」が、上場できるかどうかを分ける。それくらいの重みを持って、人選に臨むべきだと考えています。

資本提携・ストックオプションは、巻き戻せない

資本政策に関わる決断――資本提携、ストックオプション(SO)の発行など――には、特別な注意が必要です。これらは、一度実行すると、後戻りができないからです。

⚠ 巻き戻せない決断は、慎重に
資本提携 誰に、どれだけの株式を渡すか
ストックオプション 発行数・行使条件・付与先の設計
資本政策全般 上場後の株主構成・創業者の持ち分に直結
→ 経営者だけで決めず、財務に詳しい人材・社外の専門家を交えて検討する

誰に、いくらで、どれだけの株式を渡すか。SOをどう設計するか。こうした決断は、上場後の株主構成や、創業者の持ち分に、決定的な影響を残します。安易に進めて、後から「やり直したい」と思っても、もう巻き戻せない。だからこそ、資本政策は、経営者だけで決めず、財務に詳しい人材や社外の専門家を交えて、慎重に検討すべきです。上場を思い立ったら、早い段階で資本政策の検討を始める。これは、IPO準備で最も後悔の生まれやすい領域だからこそ、強調しておきたい点です。

準備コストを吸収して、なお利益を出す

最後に、現実的な話です。上場準備には、相応のコストがかかります。

監査法人への監査費用(年間1,000万円超)、主幹事証券会社への指導料、人材の補強、システム投資、専門家(弁護士・税理士・社労士)への費用――数え上げればきりがありません。そして重要なのは、これらのコストを吸収してもなお、利益を出し続けなければならない、ということです。

上場審査では、安定した収益基盤が問われます。準備で身を削るあまり、肝心の業績が落ちては、本末転倒です。コストを負担しながら、事業を成長させ、利益を出す。この両立こそが、上場準備期間に経営が背負う、最も重い課題なのかもしれません。

まとめ

IPOの準備は、「上場したい」と思った瞬間から始まり、その瞬間から会社は上場会社並みの体制を求められます。これまでの管理体制は忘れ、外部のプロには誠実に相談し、トラブルには解決と再発防止で応える。実力ある人材に任せ、管理部門の人選を何より大切にし、巻き戻せない資本政策は慎重に進め、準備コストを吸収してなお利益を出す。どれも、手順書には書かれていないけれど、上場準備の現場で本当に問われることばかりです。これからIPOを目指す方の、心の準備の一助になればと思います。

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※本記事は、IPO準備に携わった経験に基づく一般的な見解です。個別の上場準備にあたっては、監査法人・主幹事証券会社・専門家にご相談ください。制度や審査の実務は変わることがあります。

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