2023年に解禁された「デジタル給与払い」。給与の一部を、PayPayや楽天ペイといった決済サービスで受け取れる仕組みです。100円ショップのダイソー(大創産業)が、本社の社員約900人を対象に導入した、というニュースがありました。労務の実務に携わる立場から、この制度の現在地を考えてみます。
現場感覚でも「ニーズは低い」――数字がそれを裏づける
デジタル給与払いについては、これまで関わってきた会社でも、従業員からの要望は特にありませんでした。労務の現場感覚として、ニーズの低さを感じています。そして、それは記事の数字とも一致しています。
厚生労働省によると、2026年4月時点で、デジタル給与払いの利用口座件数は5万件余り。取扱金額も2.9億円にとどまり、1口座あたりの残高は2359円にすぎません。労働政策審議会でも「労使双方のニーズはあまりない」という評価がされています。1口座あたり2359円という金額は、「給与の受け取り口」というより、「一部をチャージしておく便利機能」程度の使われ方であることを示しています。給与のメインの受け取り先が銀行口座から移った、という話では、まだ全くないのです。
ダイソーの狙いは「業務メリット」ではなく「選択肢」と「姿勢」
そんな中で導入したダイソーの事例で興味深いのは、明確な業務上のメリットがあって導入した、というより、「選択肢を増やす」「先進的な企業としてアピールする」という狙いが前面に出ている点です。
これは、制度導入の一つの考え方として、納得感があります。従業員の利便性が劇的に上がるわけではなくても、給与の受け取り方に選択肢があること自体が、働く人への配慮として意味を持ちます。キャッシュレス決済が当たり前になった今、「給与の一部をそのまま決済アプリで受け取りたい」という人に、その選択肢を用意しておく。利便性の大小ではなく、選べること自体に価値がある、という考え方です。
採用アピールという視点も、人事としては理解できる
採用面でのアピールという視点も、人事の立場からは理解できます。まだ導入企業が限られている今だからこそ、いち早く取り入れることで、「新しいものを柔軟に取り入れる会社」という印象を与えられる。
制度そのものの実利より、企業姿勢を示すメッセージとしての価値のほうが大きい。これは、十分にあり得る判断です。求職者が会社を選ぶとき、こうした「新しい制度への向き合い方」は、その会社の体質を映すものさしとして見られます。デジタル給与払いそのものを使うかどうかより、「そういう会社なんだ」と伝わること。そこに、導入の意味があるのだと思います。
忘れてはいけない「守りの慎重さ」――社員限定の堅実さ
ただ、労務担当としては、攻めの視点だけでなく、リスク管理も忘れてはいけません。給与計算は、最もセンシティブな業務の一つです。そこに新しい仕組みを組み込むことには、相応の慎重さが要ります。
その点で、ダイソーが第1フェーズを社員のみに限定し、まず運用フローを固めることを優先したのは、堅実で正しい進め方だと感じます。いきなり数万人のパート・アルバイトまで広げるのではなく、まず約900人の社員で運用を確立する。給与というミスの許されない領域で、段階的に手堅く進める。この判断には、実務を分かっている人の堅実さがにじんでいます。
新しい制度をアピールする「攻め」と、給与業務のリスクを管理する「守り」。この両立ができる会社こそ、新しい制度をうまく根付かせられるのだと思います。先進性を打ち出しながらも、足元の運用は慎重に固める。派手なニュースの裏にある、この堅実さこそ、管理部門の実務家として学びたい姿勢です。
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参考・出典
- 「普及進まぬ『デジタル給与払い』。ダイソーが社員900名に導入して分かったメリットとは」Business Insider Japan、2026年6月
- 厚生労働省 労働政策審議会 労働条件分科会 資料(デジタル給与払いの状況)
※本記事は報道・公表資料をもとにした筆者個人の見解です。引用した数値の詳細は、出典元をご確認ください。
