前回までの2回で、主幹事証券の役割と引受審査の中身を見てきました。今回からは、もう一方の重要な外部関係者である「監査法人」を扱います。第1回のテーマは、監査法人の選び方と、その入口となる「ショートレビュー」です。
結論を先に言えば、監査法人選びは「どこが良いか」より先に「いつまでに決めるか」の問題です。上場申請の直前2期間は監査証明が必要になるため、逆算すると、N-2期(直前々期)の期首より前に、監査を受けられる状態と契約先の目途をつけておく必要があります。ショートレビューは、そのための現状診断です。コーポレート実務の視点で、選定の観点、ショートレビューの流れ、典型的な指摘事項を整理します。
なぜ監査法人選びが「最初の関門」なのか
上場申請にあたっては、申請期の直前2期間の財務諸表について、監査法人による監査証明が必要です。日本公認会計士協会(JICPA)のガイドブックは、そのために監査法人と「金融商品取引法に準ずる監査(準金商法監査)」の契約を結び、会計監査を受ける必要があると説明しています。
地味ですが重要なのは、監査対象期間に入ってから監査を依頼する「遡及監査」は難しい場合が多い、という点です。在庫の実地棚卸に立会済みであるなど一定の条件がそろえば可能な場合もあるとされていますが、それを前提に計画を組むのは危険です。裏を返せば、N-3期以前のうちにショートレビューを受け、課題を整理し、監査契約に進めるかどうかを見極めておくことが、上場スケジュールの土台になります。
加えて、②IPOで伴走する外部関係者の選び方で書いたとおり、監査法人は「選んだら変えられない」存在です。最初の選定に時間をかける価値は、ここにあります。
「監査難民」はなぜ生まれ、いまどう変わったか
IPOを目指す会社が監査を引き受けてもらえない、いわゆる「監査難民」は、数年前から指摘されてきた問題です。金融庁は2019年12月に「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」を設け、2020年3月に報告書を公表しました。そこでは、IPOを目指す企業が増える一方で、監査事務所との需給のミスマッチなどにより必要な監査を受けられない、という指摘が背景として整理されています。
これを受けてJICPAは「IPOを目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」を公表しており、中小規模の監査法人も選択肢として広く見ることが勧められています。
制度面では、2023年4月1日以降、上場会社等の会計監査を行うには公認会計士法に基づく「上場会社等監査人名簿」への登録が必要になりました。東証も、上場に際しての監査人は登録上場会社等監査人(JICPAの品質管理レビューのうち通常レビューを受けた者に限る)である必要がある、と案内しています。候補の登録状況は、JICPAの「登録上場会社等監査人情報」で最初に確認しておきましょう。
選定の観点──「大手か中小か」より、自社に合うか
JICPAのガイドブックは、ビジネスモデルや会社規模を踏まえて監査法人を選任するよう求めています。海外に子会社が多い会社、事業内容が複雑な会社では、監査環境もそれぞれ異なります。海外子会社がある場合は、現地の監査法人の選任が必要になるケースもあります。実務で比べるときは、次のような観点で整理すると判断しやすくなります。
☐ 自社の業種・ビジネスモデル(収益認識が複雑か、在庫があるか、海外子会社があるか)の監査経験があるか
☐ 担当チームの体制:業務執行社員・現場責任者は誰か、自社の規模に見合った人員を確保できるか
☐ スケジュール:自社の上場目標から逆算して、N-2期首に間に合う時期に受嘱判断が出るか
☐ コミュニケーション:質問への回答の速さ・具体性、指摘の伝え方が自社の担当者と噛み合うか
☐ 費用:ショートレビュー・監査報酬の見積りの前提(範囲・時間)がそろっているか
「大手か、中小か」は判断が分かれるところで、会社の規模や事業、主幹事証券との相性によって答えは変わります。費用は調査範囲で大きく変わるため、見積りは前提をそろえて複数の法人から取り、「何をどこまで見るのか」で比べるのが実際的です。
監査法人も、会社を「選んでいる」
見落とされがちですが、選定は一方通行ではありません。監査法人の側も、受嘱するかどうかを判断しています。JICPAが2026年2月に公表したガイドブック(第3版)には、IPO監査を多く手がける上位9監査法人のショートレビュー実施者へのアンケート結果が載っています。考察では、監査法人は経営者の誠実性を前提に、業績や将来性・成長性を重視しているとまとめられています。積極的に受嘱したい会社の要件としては、成長性、事業の社会的意義、経営者の誠実さ、管理体制の重要性を経営トップが認識していること、などが挙がっています。
同じ考察では、ショートレビューの前の早い段階で、経営者と考え方を共有できるCFOを選任することが有効だとも述べられています。「誰がこの課題を解決するのか」が見えるかどうか、ということでしょう。契約に至らなかった場合は、理由の説明を受けて何が課題とされたのかを確認し、主幹事証券やアドバイザーと相談のうえ次の手を考えるよう、ガイドブックは勧めています。
ショートレビューとは何か、どう進むのか
ショートレビューとは、監査法人やアドバイザーがIPOに向けた課題を抽出する調査です。予備調査、短期調査、制度調査、クイックレビューなど呼び方はさまざまで、調査範囲を会計面に限るか、ガバナンスや内部管理体制まで広げるかも、実務では会社ごとに異なります。一般的には、次のような流れで進みます。
ショートレビューの意味は、改善すべき事項の全体像が見え、上場準備の計画を立てられることです。裏を返せば、報告書を受け取った時点では何も解決していません。指摘を誰がいつまでに、規程と運用の両面でどう解消するかに落とし込むところからが本番です。
注意したいのは独立性の問題です。ショートレビューやその後のアドバイザリーを、会計監査を依頼する予定の監査法人が行うこともありますが、監査人には独立性が求められるため、監査契約と同時並行では助言を受けられない場合があります。どこまで相談できるのかは早めに確認し、必要に応じて別のアドバイザーを登用することも検討しておきましょう。
指摘事項の典型──ガイドブックの13のポイント
JICPAのガイドブックは、初めてショートレビューや会計監査を受けるときにありがちな指摘を、13のポイントに整理しています。ショートレビューの前に、自社がどこでつまずきそうかを確かめる材料として使えます。
ガイドブックの事例でも、まず挙がるのが①〜②です。請求書の控えで売上を計上し、証憑の保管は部門任せ、口頭の取引に契約書がない。こうした状態は、税務申告のための「経理処理」では回っていても、上場会社に求められる「会計処理」には届きません(⑭『経理処理』から『会計処理』へ)。⑦関連当事者取引や⑨労務管理は、会計の論点であると同時に、引受審査・取引所審査でも必ず確認される論点です。ショートレビューの指摘は、そのまま上場準備全体の課題リストの骨格になります。
証憑の整理や発生主義への移行は、会計システムの見直しとあわせて進めると効率的です。請求書・経費精算・証憑の保存を一つの流れでつなげておくと、監査で求められる「後から追える」状態を作りやすくなります。
【PR】
まとめ──監査法人選びは「逆算」から始まる
- 上場申請には直前2期間の監査証明が必要。遡及監査は難しい場合が多く、N-2期首から逆算して監査法人を決める
- 2023年4月から、上場会社等の監査には上場会社等監査人名簿への登録が必要。候補の登録状況をまず確認する
- 大手か中小かより、業種の経験・担当チームの体制・スケジュール・相性で比べる。中小監査事務所リストも選択肢に
- 監査法人も会社を選んでいる。経営者の誠実性、成長性、そしてショートレビュー前のCFO選任が見られる
- ショートレビューは課題の「全体像」を得る場。報告書を受け取ってからが本番で、独立性の制約にも注意する
監査法人は、主幹事証券と並んで、上場までの数年間を最も近くで伴走する外部のプロです。選定は「相手を選ぶ」作業であると同時に、「自社が選ばれる状態をつくる」作業でもあります。次回は、ショートレビューで受けた指摘を、優先順位付けと担当割りによってどう潰していくかを扱います。
出典・参考
- 日本公認会計士協会「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック【第3版】」(2026年2月)
- 日本公認会計士協会「IPOを目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」
- 日本取引所グループ「上場関係者と役割(新規上場基本情報)」
- 金融庁「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会報告書」(2020年3月)
※本記事は執筆時点の制度をもとに一般的な実務の流れを解説したものであり、個別案件の判断は主幹事証券・監査法人等にご確認ください。

コメント