昼寝が良いとわかっていても、日本企業で実際に推奨している会社はごく一部です。2026年7月22日付の東洋経済オンラインに、神経科学者ジョセフ・ジェベリ氏の著書からの抜粋として、仮眠と脳の関係を扱った記事が掲載されました。公開当日に同サイトの人気記事上位に入っており、関心の高さがうかがえます。
労務の実務に携わる立場から読むと、この話は健康法ではなく、組織文化とパフォーマンス管理の問題として受け止めるべきものだと感じます。以下、研究が示した内容を整理したうえで、「なぜ日本企業に根づかないのか」を考えます。
科学的には、もはや議論の余地がない
記事で紹介されているのは、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの遺伝疫学者ヴィクトリア・ガーフィールド博士による2023年の研究です。昼寝の傾向に関わる97のDNA断片を手がかりに、約3万5000人を対象として「遺伝的に昼寝をする人」と「しない人」を比較したところ、昼寝をする人のほうが脳の体積が大きいという結果が出ました。
働き方についての研究者のコメントも明快です。生産性を上げるために一日中働き続ける必要はなく、4時間ほどデスクに向かってひと区切りついたところで昼寝をする──それが最も効果的だ、という趣旨の説明をしています。さらに、遺伝的に昼寝をしない体質の人であっても、習慣として取り入れれば同様の効果を得られるとされています。
つまり科学的には、昼寝を推奨しない理由はほとんど残っていません。にもかかわらず日本企業で広がらないのは、別のところに原因があるということです。
環境整備は進んでいる。それでも使われない
環境面だけを見れば、日本のオフィスも意外に整ってきています。一部の大規模テナントビルにはリフレッシュルームがあり、大手企業では仮眠室を用意している例もあります。さらに、事務所衛生基準規則では、常時50人以上または常時女性30人以上の労働者を使用する事業場に対して、労働者が横になれる休養室・休養所を男女別に設けることが求められています。一定規模の会社であれば、横になれるスペースは制度上すでに存在しているはずなのです。
それでも昼寝は広がりません。実務感覚として思うのは、本質は場所ではないということです。
ネックは「昼寝を良しとしない文化」
仮眠室があっても、そこに入っていく姿を同僚に見られたくない。昼休みに机で目を閉じていると、サボっていると思われるのではないかと気になる。結局のところ、ネックになっているのは設備ではなく、昼寝を良しとしない空気のほうです。
この構造は、労務の現場では見慣れたものです。有給休暇の取得促進も、男性の育児休業取得も、制度そのものはとうに整っているのに使われない、という同じ壁にぶつかってきました。制度と設備は前提条件にすぎず、「使っても不利益に扱われない」と従業員が確信できて初めて動き出す。昼寝も、まったく同じ構図にあります。
必要なのは、経営層と管理職が率先して寝ること
では何が空気を変えるのか。答えはシンプルで、経営層や管理職が率先して昼寝をとり、態度で示すことだと考えます。「これは休息ではなく、パフォーマンス管理である」と。
個人が疲れたときにとる私的な行為。とる側に後ろめたさが生じる
午後の判断精度を保つための業務上の手段。とらないことのほうが問題視される
この転換は、言葉だけでは起こりません。管理職が「みんなも昼寝していいよ」と言いながら自分は昼休みも会議を入れている状態では、誰も動きません。逆に、上長が昼休みに堂々と15分目を閉じている姿があれば、それだけで部下は同じことをしやすくなります。文化とは、制度の文言ではなく、目に見える行動の積み重ねで決まるものです。
実務メモ──始めるなら、まず休憩時間内から
制度面の整理も簡単に触れておきます。労働基準法上、休憩時間は労働者が自由に利用できるのが原則です。したがって、既存の休憩時間内に仮眠をとることは、本来なにも新しい制度を必要としません。会社としては「休憩中に寝てもよい」と明示するだけで足り、就業規則の変更も届出も不要です。
一方、休憩時間とは別に仮眠のための時間を新設する場合は、その時間を休憩として扱うのか労働時間として扱うのかで、終業時刻や賃金計算の設計が変わります。始業・終業の時刻や休憩時間は就業規則の絶対的必要記載事項ですから、時間帯や長さを動かすのであれば、就業規則の変更と労働基準監督署への届出が必要です。
順序としては、まず既存の休憩時間内での仮眠を明示的に容認し、実際に使われる空気が育ってから、時間の新設や設備の整備という次の段階を検討する。この順番のほうが、制度だけが先行して形骸化するリスクを避けられます。
まとめ──最も安く、最も効く生産性向上策かもしれない
制度や設備を整えるより先に、30分の仮眠を堂々と取れる空気をつくること。それが、最も効果的で、最もコストのかからない生産性向上策かもしれません。
働き方改革の文脈では、労働時間の上限や休暇取得率といった「測れる指標」が中心になりがちです。しかし午後の数時間の判断精度が上がるかどうかは、数字には表れにくいものの、経営には確実に効いてきます。管理部門が旗を振れる領域として、検討する価値は十分にあるのではないでしょうか。
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※本記事は公表情報をもとに一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の労務管理や制度設計への適用を保証するものではありません。実際の制度導入にあたっては、所轄の労働基準監督署または社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
