「わかったつもり」の正体を、認知科学から読み解く――そんな記事を読みました。AIが文章を生成してくれる時代に、人間の「読む力」がむしろ問われている、という指摘です。実務でAIの生成物を扱う中で感じていることと、深く重なりました。
自分で作っていないからこそ、「わかったつもり」に陥りやすい
AIが作った文章は、一見、よくできています。分量もちょうどよく、体裁も整っている。ぱっと見て「いいものができた」と感じます。ところが、仕上がったものを腰を据えてしっかり読むと、訂正すべき箇所が、必ずと言っていいほど見つかります。
これは、認知科学が言う「わかったつもり」の状態に近いのだと思います。人は文章を読むとき、自分の知識で足りない部分を無意識に補い、それで「理解できた」と感じてしまう。特に、自分で一から作ったものではない文章は、細部まで意識が向かず、「なんとなく正しそう」で通り過ぎてしまいがちです。作り手の思考をたどっていないぶん、かえって「わかったつもり」に陥りやすいのです。
読み手が本気で読む場面では、しっかり修正する必要がある
だからこそ、その文章が使われる場面を見極めることが大切だと感じています。読み手が、さっと目を通すだけの場面なのか。それとも、腰を据えてしっかり読み込む場面なのか。
読み手が本気で読む場面――たとえば、経営陣に提出する資料、取引先に出す文書、重要な意思決定の材料になる報告書――では、細部まできちんと修正する必要があります。読み手がしっかり読むということは、こちらの「わかったつもり」の甘さも、そのまま見抜かれるということだからです。逆に、社内の軽い共有メモ程度なら、そこまで作り込まなくてもいい。文章の完成度を、読まれ方に合わせて調整する。この見極めが、AIを使いこなすうえで効いてきます。
「確認の非効率」の先に、総時間の削減がある
ここで、一つの逆説があります。自分で作っていないものを確認する作業は、一見、非効率に感じられるのです。
自分で一から書けば、書きながら考えが整理され、内容も頭に入っています。ところが、AIが作ったものを確認する場合は、他人の書いたものを一から理解し直す必要があり、その確認に、かえって時間がかかる気がする。「これなら自分で書いたほうが早いのでは」と感じる瞬間さえあります。
けれど、総時間で見れば、話は変わります。AIが土台を作り、人間が確認・修正する。この分担のトータルの時間は、自分でゼロから作るより、確実に削減されています。そして、出来上がるものの質も、悪くない。むしろ、良いものができていると感じます。確認という工程だけを切り取ると非効率に見えても、全体のプロセスとしては、時間も質も向上している。この「部分の非効率」と「全体の効率」の違いを理解しておくことが、AIとうまく付き合うコツなのだと思います。
AI時代の「読む力」は、検証する力
結局のところ、AI時代に求められる「読む力」とは、単に文章を読める力ではありません。AIが作ったものを、「わかったつもり」で済ませず、細部まで検証できる力です。
AIは、これからますます多くの文章を作るようになります。その一つひとつを、鵜呑みにせず、しっかり読み、訂正すべき箇所を見抜く。この地道な「読む力」こそが、AIを使う人間に残された、そして最も価値のある仕事なのだと思います。AIに作らせる技術と同じくらい、AIが作ったものを読み解く力を磨くこと。その両輪が、これからの実務家には求められています。
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参考・出典
※本記事は、ある記事を読んで感じたことをもとにした筆者個人の見解です。
