大手退職代行サービスの運営会社が、弁護士法違反(非弁提携)に問われた事件が、2026年に大きく報じられました。この一件は、退職代行という業界の適法性の問題を浮き彫りにしましたが、人事・労務に携わる立場からは、それ以上に考えさせられることがあります。そもそも、なぜ退職代行というサービスが、これほど需要を持つに至ったのか。その問いを、コーポレートの視点で掘り下げます。
なお、本記事は特定の企業を非難する意図はなく、事件を入り口に、企業のコミュニケーションのあり方を一般論として考察するものです。
事件の概要──「非弁提携」という適法性の問題
今回の件は、報酬を得る目的で依頼者を特定の弁護士に紹介する「非弁提携」という、弁護士法に触れる適法性の問題で事件になりました。
今回問われたのは、利用者を弁護士に有償であっせんし、紹介料を得ていたとされる点。
退職の意思を伝えるだけの「使者」にとどまれば適法だが、その一線を越えたビジネスモデルに違法性が問われた。
ビジネスモデルそのものに違法性があった点は、厳しく問われるべきだと思います。法の一線を越えた収益構造は、正されなければなりません。ここは、事件として明確に決着をつけるべき部分です。
それ以上に考えるべき、需要の「背景」
ただ、人事・労務に携わる立場として、それ以上に考えさせられるのは、そもそもなぜ退職代行というサービスが、これほど需要を持つに至ったのか、という点です。
本来、退職は労働者に認められた当然の権利です。直属の上司に「辞めます」と伝えれば済むはずのものです。ところが、それができない、言い出せない、会社と揉めたくない。そうした声が積み重なった結果、代行サービスが「駆け込み寺」として市場を拡大しました。これは、多くの職場でコミュニケーションが十分に取れていないことの、裏返しの現れだと感じます。辞めるという意思すら本人が会社に言えないという状況こそ、問題の核心なのです。
「風通しの良さ」が、難しくなった時代
かつては「風通しの良い会社です」というのが、採用の場での有力なアピール材料でした。何でも言い合える、上司と部下の距離が近い。それが会社の魅力とされた時代がありました。ところが今は、その「風通しの良さ」を実現すること自体が、以前より難しくなっているように思います。
背景には、働き方の変化があります。いくつかの要因が、コミュニケーションを難しくしています。
リモートワークが広がり、対面での何気ないやりとりが減った。短期離職が増え、上司や同僚との関係が浅いまま辞めていく人も多い。組織の流動性が高まるなかで、「誰に、何を、どう言えばいいのか」が分かりにくくなっている。辞めたいという最も言いにくい本音を、社内の誰にも打ち明けられない。その断絶が、代行サービスの需要を生んでいるのだと思います。
企業が本当に向き合うべき「手前の問い」
退職代行の是非を論じることも大切です。しかし、企業側が本当に向き合うべきなのは、その手前にある問いだと思います。
日頃から本音を吸い上げる仕組みや、
心理的安全性のある関係を築けているか。
なぜ社員は、辞める意思すら会社に直接言えないのか。日頃から本音を吸い上げる仕組みや、心理的安全性のある関係を築けているか。退職代行を使われて初めて社員の退職意思を知る、という状況は、その手前のコミュニケーションが機能していなかったことを意味します。辞めるという最終局面だけの問題ではありません。日頃から、不満や悩み、迷いを、小さなうちに拾える関係があれば、そもそも「駆け込み寺」に頼る必要は生じにくいはずです。
1on1の面談、匿名で声を上げられる仕組み、上司が部下の変化に気づける関係性。こうした地道な仕組みと風土づくりこそが、退職代行という現象の根っこにある課題への、本質的な答えになります。制度として相談窓口を整えるだけでなく、日常のなかで「本音を言っても大丈夫だ」と思える空気を、どうつくるか。ここが問われています。
まとめ
- 今回の事件は「非弁提携」という弁護士法の適法性の問題。法の一線を越えたビジネスモデルは厳しく問われるべき
- より考えるべきは、なぜ退職代行がこれほど需要を持つのか。辞める意思すら会社に言えない、コミュニケーション不全の裏返し
- リモート化・短期離職・流動性の高まりで「風通しの良さ」の実現が難しくなり、「誰に何をどう言えばいいか」が見えにくくなっている
- 企業が向き合うべきは手前の問い。本音を吸い上げる仕組みと心理的安全性のある関係を、日頃から築けているか
事件は、退職代行業界の問題を浮き彫りにしました。しかし同時に、私たち企業の側にも、コミュニケーションのあり方を見直す宿題を突きつけているように感じています。社員が辞めるとき、その意思を代行業者を通じて知るのか、それとも本人の口から直接聞けるのか。その違いは、日頃の関係づくりの差にほかなりません。退職代行の是非を論じる前に、自社は社員の本音と向き合えているか。この問いを、静かに受け止めたいところです。
※本記事は2026年8月時点の報道等の公表情報をもとに、一般的な考察を目的として作成したものです。特定の個人・団体を非難する意図はありません。退職代行や非弁行為に関する個別の法的判断については、弁護士等の専門家にご相談ください。
