高市政権が掲げる「働きたい改革」が、いよいよ具体的な制度改正の局面に入ってきた、という印象を受けます。労働時間規制の緩和や柔軟な働き方の拡大に向けた議論が、着実に進んでいます。労務の実務に携わる立場から、この動きをどう捉えるべきか、整理してみます。
なお、本記事は特定の政治的立場を主張するものではなく、労使双方の論点を踏まえたうえで、実務家としての所感を述べるものです。制度は現在も検討中であり、内容は今後変わり得る点にご留意ください。
「働きたい改革」の、これまでの流れ
まず、これまでの経緯を振り返ります。就任直後の2025年10月、高市首相は、「心身の健康維持と従業者の選択を前提とした労働時間規制の緩和の検討」を指示しました。労働時間を増やせるようにする施策と、これまで労働者を守ってきた施策と。その両者のバランスが、当初から議論の焦点となっていました。
その後、2025年11月に設置された「日本成長戦略会議」などを舞台に、検討対象が具体化してきました。新たに議論のテーブルに乗ってきたのが、次のような項目です。
これらは、いずれも「働きたい人が、より働ける環境」を整えるという方向性のもとにあります。人手不足が構造化するなかで、柔軟な働き方への転換を図る、という狙いです。なお、労働基準法の改正案そのものは2026年の通常国会への提出が見送られ、議論は継続中という状況ですが、方向性としての検討は着実に進んでいます。
気になるのは「現場の実感と合っているか」
労務の実務に携わる立場から気になるのは、この方向転換が、現場の実感と合っているかという点です。ここに、少し立ち止まって考えるべき論点があります。
各種の調査では、「労働時間を増やしたい」と答えた労働者は1割程度にとどまるとされます。しかも、その多くが「生活のために稼ぎたい」という理由でした。つまり、積極的に長く働きたいというより、賃金が上がらないから残業で補いたい、という声が実態に近いのです。
しかもその多くは、「積極的に働きたい」ではなく「生活のために稼ぎたい」。
規制を緩めても賃上げが伴わなければ、結局は「生活残業」を助長するだけになりかねない。
ここに、注意すべき点があります。生産性向上と柔軟な働き方の名の下に規制を緩めても、賃上げが伴わなければ、結局は生活残業を助長するだけになりかねない、ということです。「働きたい人が働ける環境」という言葉は前向きに聞こえますが、その「働きたい」の中身が「生活のために働かざるを得ない」であるなら、それは本当に望ましい姿とは言えません。制度の設計にあたっては、この現場の実感との距離を、丁寧に見極める必要があります。
「働ける環境」と「働き手を守る」は対立しない
ここで、大切な視点があります。規制を緩めて「働ける環境」を整えることと、過労を防いで「働き手を守る」こと。この二つは、本来、対立させるべきものではないはずだ、ということです。
人手不足が構造化するなかで、柔軟な働き方への転換は理解できます。多様な事情を持つ人が、それぞれに合った形で働けるようにする。その方向性自体は、望ましいものです。ただ、その前提として、健康確保の仕組みと、働いた分がきちんと報われる賃金構造が伴っているか。ここが問われます。柔軟化と保護は、二者択一ではありません。柔軟な働き方を可能にしつつ、同時に健康と報酬を守る。その両立をどう設計するかが、制度改正の本当の課題なのだと思います。
企業が、いま考えておくべきこと
では、こうした動きを前に、企業は何をすべきか。制度がまだ検討段階である以上、慌てて何かを変える必要はありません。しかし、動向を注視し、自社の働き方をどう設計するかを、考えておく必要はあります。
仮に裁量労働制の適用範囲が広がったり、副業の労働時間管理が変わったりすれば、就業規則の見直しや、労働時間管理の仕組みの再設計が必要になります。また、これらの制度をどう活用するか、あるいは活用しないかは、自社の人材戦略とも深く関わります。制度に振り回されるのではなく、自社にとって望ましい働き方は何かという軸を持ったうえで、制度の変化を取り込んでいく。その姿勢が求められます。
そして、忘れてはならないのが、賃金と健康確保の視点です。どんな制度になろうとも、働いた分が報われ、働く人の健康が守られる。この土台がなければ、柔軟な働き方は絵に描いた餅になります。むしろ、人手不足のなかで人材を確保・定着させるには、「たくさん働ける」ことよりも、「ちゃんと休めて、ちゃんと報われる」ことのほうが、採用力につながる時代でもあります。制度の動向を見極めつつ、自社の働き方を、賃金と健康の両面から設計し直す。その好機として、この議論を捉えることもできるはずです。
まとめ
- 高市政権の「働きたい改革」は、裁量労働制の拡大、残業上限規制の在り方、副業の労働時間通算見直しなど、具体的な検討局面に入っている(法改正案の国会提出は見送られ、議論は継続中)
- 「労働時間を増やしたい」労働者は1割程度で、多くが「生活のため」。賃上げが伴わない規制緩和は、生活残業を助長しかねない
- 「働ける環境」と「働き手を守る」は対立しない。柔軟化の前提として、健康確保の仕組みと報われる賃金構造が伴っているかが問われる
- 企業は制度の動向を注視しつつ、自社の働き方を賃金と健康の両面から設計しておく。「ちゃんと休めて報われる」ことが採用力になる時代でもある
働き方をめぐる制度は、いま大きな転換点にあります。柔軟性か、保護か。しかし、本当に目指すべきは、その二者択一ではなく、両立のはずです。規制の緩和が、働く人の生活と健康を犠牲にするものであってはならないし、逆に、硬直的な規制が、多様な働き方を阻むものであってもならない。この難しいバランスをどう取るか。制度を作る側にも、それを受け止める企業の側にも、丁寧な設計思想が求められています。実務の現場から、その議論の行方を、注意深く見守っていきたいと思います。
※本記事は公表情報および一般的な実務上の考え方をもとに作成したものであり、特定の政策的立場を主張するものではありません。労働法制の改正動向や個別の労務対応については、厚生労働省の公表情報をご確認いただくか、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

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