創業140年でも営業益3倍、DXは配って終わりでない

この製造業のDX成功事例は、もっと多くの中小企業に広まってほしいと感じています。2026年8月にBUSINESS INSIDER JAPANが報じた、長野県の老舗メーカー・カクイチの事例です。

創業1886年、実に140年の歴史を持つ地方メーカー。売上高350億円、従業員約600人、平均年齢46歳、そして従業員の多くは工場などの現場で働く、現場作業中心の会社です。一見、デジタル化とは最も縁遠く見えるこの会社が、全社員へのスマホ支給とツール導入によって、中核企業の営業利益を5年で3倍に伸ばしました。この事実は、多くの中小企業経営者に希望を与えるはずです。コーポレート実務の視点で、この事例が示す教訓を読み解きます。

目次

数字で見る、カクイチのDX

創業140年
1886年創業の老舗。平均年齢46歳、現場作業中心の地方メーカー
営業利益3倍
中核企業カクイチの営業利益が5年で3倍に。営業利益率は製造業平均を上回る
意思決定4倍
チャットツールの活用で意思決定の速度が4倍に。中間管理職も廃止した

全社員にスマートフォンを支給し、Slackなどのデジタルツールを導入。当初は反発もあった中、さまざまな仕掛けで現場にデジタルを根付かせ、今ではAIを人事評価に活用するまでになっています。「現場作業中心の地方の老舗メーカーでも、ここまでできる」という事実そのものが、この事例の最大のメッセージです。

多くの会社が「目先の経費」でつまずく

一方で、現実には目先の経費が気になって、効率化のメリットにたどり着けない会社が、まだまだ多いのが実情です。

全社員にスマホを配る、ツールを導入する──こうした投資は、導入時点ではコストとしか見えません。「現場にスマホは不要」「管理職だけで十分ではないか」という反対の声は、どこの中小企業でも必ず上がるものです。効果が数字に表れるのは後になってからで、その前の段階で判断を止めてしまう会社が非常に多い。

導入時点で見えるもの
端末代、通信費、ツールの利用料。目に見えるコスト。「本当に現場に必要か」という反対の声
後から表れるもの
情報共有の加速、意思決定の高速化、現場の自律。数字で見える効果。だが、時間差があるため導入前には見えにくい

この「時間差」が、DXの最初の関門です。コストは今すぐ発生し、効果は後から表れる。この非対称性を乗り越えて投資を決断できるかどうかで、最初の一歩を踏み出せる会社と、踏み出せない会社が分かれます。カクイチの事例が示すのは、その一歩の先に、営業利益3倍という現実の成果があるということです。

最大の教訓は「配っただけでは使われない」

この事例が本当に示唆に富むのは、ツールを配っただけでは人は使わない、という現実を直視している点です。ここが、多くのDXが失敗する分かれ目です。

スマホを配り、ツールを導入しても、それだけでは現場は使いません。特に、これまでデジタルに縁のなかった現場では、「面倒だ」「今までのやり方で十分」という抵抗が生まれます。カクイチが成果を出せたのは、この「使われない」という壁を越えるために、使われる仕組みを執念深く作り込んだからです。報じられているところでは、利用状況のランキング掲示、人事評価への組み込み、感謝を「送る」という行動そのものを評価する設計、社長賞による発信の奨励といった、さまざまな仕掛けが講じられました。

「使われる仕組み」の作り込みの例
・利用状況をランキングで見える化し、活用を促す
・ツールの活用を人事評価に組み込む
・「感謝を送る」といった行動そのものを評価する設計にする
・社長賞などで、発信・活用を公に奨励する
——「使ってもいい」ではなく「使うことが得になる」設計へ。

導入がゴールではなく、根付かせる運用こそが本質である。この教訓は、あらゆる中小企業に当てはまります。ツールの選定や導入そのものは、実はDXのごく入口にすぎません。本当に難しく、そして成果を分けるのは、それを日常の業務に根付かせ、使われ続ける状態を作る運用の部分です。ここに労力を注げるかどうかが、「導入したのに使われていない」で終わるか、成果につながるかを決めます。

成功の鍵は「人」と「循環する風土」

では、根付かせる運用を実現する鍵は何か。それは、ITリテラシーのある人材をどう確保し、その活用をどう社内に広めるか、だと感じています。

デジタルに明るい社員が旗振り役となり、経営がトップダウンで後押しし、現場が「使ってみたら便利だった」と実感する。この循環が生まれる風土をつくれるかどうかが、DXの成否を分けます。

① 旗振り役(人材)
デジタルに明るい社員が、導入と定着をリードする。この人材の確保が起点になる
② 経営の後押し(トップダウン)
経営が明確に方針を示し、投資を決断し、仕組みを支える。トップの本気度が全社に伝わる
③ 現場の実感(ボトムアップ)
現場が「使ってみたら便利だった」と体感する。この実感が、次の活用を生む

重要なのは、この3つが循環することです。旗振り役がきっかけを作り、経営が支え、現場が実感し、その実感がさらなる活用を呼ぶ。一方通行の号令でも、現場任せの放任でもなく、上と下と推進役が噛み合ったときに、DXは自走を始めます。カクイチの成功は、この循環する風土を作り込んだ結果だと見ることができます。

効率化は、もはや大企業だけの話ではない

人口減少で人手不足が構造化するなか、中小企業にとって効率化は、もはや避けられません。限られた人数で価値を生み続けるには、一人あたりの生産性を高めるしかなく、その有力な手段がデジタル化です。

問われるのは、目先のコストではなく、その先にある生産性向上を見据えて、一歩を踏み出せるかどうかです。カクイチの事例は、それが決して大企業だけの話ではないことを、力強く証明しています。創業140年、現場作業中心、平均年齢46歳──「うちには関係ない」と思われがちな条件を、むしろすべて備えた会社が成果を出した。この事実は、多くの中小企業にとって、「自分たちにもできる」という何よりの証拠になります。

もちろん、ツールを入れれば自動的に成果が出るわけではありません。投資の決断、使われる仕組みの作り込み、人材と風土。越えるべき壁はいくつもあります。しかし、その壁の先に、地方の老舗メーカーですら営業利益3倍という現実があることを、この事例は示しています。効率化への一歩を、目先のコストで止めてしまわないこと。それが、これからの中小企業経営の分かれ目になるのだと感じています。

【出典・参考】
BUSINESS INSIDER JAPAN「『現場にスマホは不要』と言われても…。全社員にiPhone、Slack導入→営業利益3倍に。長野の製造業が『デジタル化』で得たもの」(2026年8月)
日本経済新聞「Slackで意思決定の速度4倍に 老舗企業のカクイチ」

本記事は公表情報をもとに一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別のDX施策やその効果を保証するものではありません。掲載の数値は出典記事に基づく参考値です。

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