「TOKYO PRO Market(TPM)は上場基準が緩い」──こうした声を、耳にしたことがある方は少なくないと思います。前回の連載第1回で見たとおり、TPMには売上や利益、株主数といった形式基準がなく、監査も1期でよい。一般市場に比べて上場のハードルが低いことは、事実です。
しかし、「基準が柔軟であること」と「審査やチェックが甘いこと」は、まったくの別物です。とりわけ、財務を見る監査法人の目は、むしろ一段と厳しくなる構造があります。連載第2回となる本記事では、TPMにおける監査と開示の実態を、コーポレート実務の視点で掘り下げます。「緩い市場」という誤解が、なぜ危ういのかをお伝えします。
「緩い」と言われる根拠は、どこにあるのか
まず、なぜTPMが「緩い」と言われるのか。その根拠を正確に押さえておきましょう。誤解を解くには、誤解の出どころを理解する必要があります。
もう一つ、構造的な違いがあります。一般市場では、主幹事証券会社が引受審査という形で、事業のリスクやガバナンスを幅広くチェックします。TPMには、この主幹事証券会社による審査がありません。「主幹事証券によるガバナンス審査という、監査法人とは違う領域のチェックがない」──これが、TPMは緩いと語られる、もう一つの根拠です。
ただし、審査の担い手がいなくなるわけではありません。TPMでは、この役割をJ-Adviserが担います。J-Adviserは、ガバナンス体制、内部管理体制、情報開示体制といった「実質基準」を審査します。毎月の取締役会で予算統制が行われているか、法令違反を防ぐ仕組みがあるか、労働時間管理は適切か、内部監査や監査役監査が機能しているか──こうした点を確認します。形式基準がない分、この実質基準の審査が、上場適格性を判断する要になります。
むしろ監査は厳格になる──ある監査法人の話
ここからが、本記事の核心です。実務の現場で監査法人の方から聞いた話が、この論点を的確に言い表していました。
その方いわく、TPMの企業はガバナンス体制がまだ発展途上であることが多く、その不備に起因する不正や事故のリスクが相対的に高い。だからこそ、監査手続きの面では、むしろ厳格に進めているというのです。基準が柔軟な市場だからこそ、財務を見る監査法人が、より慎重に手を動かす。ここに、逆説的な構造があります。
もし、意見表明した会社で上場後に不正や粉飾が発覚すれば、それは監査法人自身の信用の失墜に直結する。
主幹事証券によるガバナンス審査という別の砦がないTPMでは、財務の砦は監査法人がほぼ一手に担う。
——だからこそ、手続きを甘くする余地はなく、むしろ厳しく見る。
監査意見は、監査法人が自らの名前と信用を賭けて表明するものです。ガバナンスが未成熟な企業ほど、会計処理の妥当性や証憑の裏付けを丁寧に確かめなければ、意見を出せません。「形式基準がないから会計も緩くてよい」という発想は、監査の実務からすれば成り立たないのです。監査期間が1年と短いことは、対応が楽になることを意味しません。むしろ短い期間に、通常と同等の水準の監査を凝縮して受けることになります。
そもそも「監査を受けてもらうこと」自体が難しい
厳格さ以前の問題として、近年は監査法人に監査を引き受けてもらうこと自体が難しくなっています。いわゆる「監査難民」の問題です。
大手・中堅の監査法人は監査受託のキャパシティに余裕がなく、新規の監査契約の締結が難しい状況が続いています。決算期や所在地によっては、契約締結までに時間がかかることも珍しくありません。TPMの監査は、中堅・中小の監査法人が主な担い手となっていますが、それでも需要の増加に供給が追いついていないのが実情です。TPMの上場を検討するなら、J-Adviserと並んで、監査法人の確保をできるだけ早く動くことが鉄則です。
裏を返せば、監査法人が「この会社なら意見表明できる」と判断して契約してくれること自体が、一定の水準をクリアしている証でもあります。受嘱のハードルが上がっている今、監査契約を結べたこと自体が、準備の第一関門を越えたことを意味するとも言えます。
見落とされがちな、開示体制の準備負荷
そしてもう一つ、強調しておきたいことがあります。用意する資料や監査期間は一般市場より短いとはいえ、開示体制の準備を考えると、相当な労力が必要だということです。「緩い市場」というイメージだけで臨むと、この準備負荷の大きさに足をすくわれます。
上場後は、決算短信や発行者情報(有価証券報告書の簡易版にあたる書類)を、スピーディーかつ正確に作成し続ける体制が求められます。この「継続的に、期限内に、正確な開示を出し続ける」体制の構築こそが、実務上の最大の山場です。
特に人員の確保は、多くのTPM準備企業にとって最大の制約になります。開示実務や監査法人対応を経験した人材は限られており、常勤での採用は費用面でも簡単ではありません。社外の専門家を活用しながら、社内に手順とノウハウを残していくアプローチが、現実的な選択肢になります。いずれにせよ、「監査が1期でよい=準備も軽い」ではないことを、経営者も管理部門も、正しく認識しておく必要があります。
「緩い」ではなく「役割分担が違う」
ここまでを整理すると、TPMの審査は「緩い」のではなく、一般市場とは「役割分担が違う」と理解するのが正確です。
形式基準という「入口のふるい」がない代わりに、J-Adviserが実質を、監査法人が財務を、それぞれ責任を持って見る。チェックの総量が減るわけではなく、見る主体と見る角度が組み替えられているのです。この構造を理解せずに「緩いから楽だろう」と臨むと、監査の厳しさと開示体制構築の重さに、準備の途中で直面することになります。
まとめ
- TPMが「緩い」とされるのは、形式基準がなく、四半期開示・J-SOXが任意で、主幹事証券の審査がないため。しかしこれは「チェックが甘い」こととは別
- むしろ監査法人は、ガバナンス未成熟な企業の不正・事故リスクを踏まえ、監査手続きを厳格に進める。意見表明した会社の不正は、監査法人自身の信用失墜に直結するため
- 近年は監査法人の受嘱難(監査難民)が続き、監査を受けてもらうこと自体が難しい。監査法人の確保は早めに動く
- 資料や期間は短くても、開示体制の準備には相当な労力が必要。適正な人員の確保と、開示までの体制・フローの整備が実務上の山場になる
TPMは、上場のハードルを賢く下げた市場ですが、その下げ方は「チェックを省く」ことによるものではありません。財務の適正性と経営の実質を見る目は、しっかりと機能しています。だからこそ、TPM上場は企業に「本物の体制」を要求します。次回(第3回・最終回)は、TPM上場を果たした「その後」──一般市場へのステップアップと、企業価値を高めたExit、2つの展望を掘り下げます。
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