予実管理の連載、最終回のテーマは「予実管理を支える体制」です。第1回で予実管理が最大のハードルであること、第2回で予算の作り方を見てきました。今回は、その予実管理を組織として成立させるための、ガバナンス・規程・人材という土台を、コーポレート実務の視点で整理します。精緻な予算を作る技術だけでは、予実管理は完成しません。それを支える仕組みと責任の所在こそが、上場企業としての信頼を担保します。
数字の最終責任は、取締役会にある
まず、最も重要な原則から。予算と実績、その数字の最終的な責任を持つのは、取締役会です。
予算を立て、それを承認し、実績を公表する。この一連の責任は、担当者や経理部門ではなく、取締役会が負います。実務上は、CFOが素案や方針を策定し、各部署の積み上げを経て予算案がまとまりますが、それを会社としての正式な予算としてオーソライズするのは、取締役会の決議です。そして、事業年度の開始前に承認を得ることが原則とされます。3月決算の会社であれば、3月までに翌期の予算を取締役会で承認しておく、ということです。
公表した業績予想が投資家への「約束」である以上、その約束をするのは、経営の最高意思決定機関である取締役会でなければなりません。予算は単なる社内目標ではなく、取締役会が責任を持って市場に示す公約なのです。この責任の所在を明確にすることが、予実管理の体制の出発点になります。
プロセスを「予算管理規程」に明記する
責任の所在とプロセスは、担当者の頭の中や慣習にあるだけでは不十分です。予算管理規程として、文書に明記されている必要があります。
規程には、予算策定のプロセス、責任者、承認の手続き、そして予算修正の手続きなどを定めます。誰が素案を作り、誰が承認し、どの会議体で決議するのか。乖離が生じたとき、どういう基準で、どう修正するのか。これらが規程として整備され、かつ実際にその通りに運用されていることが、上場審査で問われます。
・規程上は取締役会承認となっているのに、実際には取締役会で決議されていない
規程があること、そして規程どおりに運用されていること。その両方が揃って初めて、体制として認められる。
これは、このシリーズで繰り返し触れてきた「規程と運用の一致」というテーマと、まったく同じ構造です。立派な規程を作っても、実態が伴わなければ意味がない。予算管理においても、この原則は貫かれます。
KPIは、段階的に「育てる」もの
予算の根拠となるKPIについても、重要な実務上の注意点があります。それは、KPIは最初からしっかり定まるものではない、ということです。
どの指標を追えば売上を的確に予測できるのか。その「効く指標」は、一度で見つかるものではありません。実際に予算を立て、実績と照らし合わせ、「この指標では説明しきれない」「こちらの指標のほうが実態に合う」という試行錯誤を繰り返しながら、精度を上げていくものです。だからこそ、上場準備の時間軸のなかで、段階的にKPIを調整していく必要があります。
N-3期やN-2期のうちから推移を見ながらKPIを調整し、N-1期には予算と実績をアジャストできる状態に持っていく。この段階的な仕上げのプロセスがあるからこそ、上場時点で精度の高い予実管理が可能になります。逆に言えば、直前になって慌てて始めても間に合いません。予実管理体制は、時間をかけて育てるものなのです。
乖離時の「取締役会決議」と「適時開示」の運用
第1回で触れた「10%・30%ルール」は、実際の運用と結びついて初めて機能します。予算の乖離が大きくなるときには、適切に取締役会で決議し、開示につなげる必要があります。
ここで見落とされがちなのが、運用面のポイントです。予算未達は、もちろん誰にとっても嫌なものです。しかし、予実管理で本当に問われるのは、未達そのものよりも、「外したときに、適時に開示できるか」という運用なのです。
業績予想と実績の乖離が基準に達することが確からしくなった時点で、速やかに取締役会で修正を決議し、適時開示を行う。この一連の動きが、遅滞なく、正しく回るかどうか。未達を隠したり、開示が遅れたりすることのほうが、未達という事実そのものよりも、はるかに重大な問題になります。数字を外すことは、外部要因もあり、完全には避けられません。だからこそ、外したときに正しく開示できる運用体制こそが、上場企業の信頼を支えるのです。
予算は「当期純利益」まで──減損・税効果の予測
予実管理の対象範囲についても、正確に理解しておく必要があります。予算は、売上や営業利益までではなく、当期純利益まで見られます。ここが、予実管理の難度をさらに引き上げる要因になります。
売上から営業利益あたりまでは、事業の積み上げで予測できます。しかし、営業利益から下、経常利益、税引前利益、そして当期純利益に至る過程では、会計的な専門判断を要する項目が入ってきます。代表的なのが、減損と税効果です。
当期純利益まで予算を組むということは、こうした減損や税効果の影響までを織り込んで予測するということです。これらは、単純な売上・費用の積み上げとは異なる、会計の専門領域です。当期純利益は適時開示の30%基準の対象にも含まれるため、ここの予測が甘いと、営業段階では予算通りでも、純利益で大きく乖離し、開示が必要になる、という事態も起こり得ます。
だからこそ「人材」が要になる
ここまで見てきた予実管理の要求水準を満たすには、結局のところ、それを担える人材が不可欠です。
事業の論理をKPIに分解して予算を立案できる人材。そして、減損や税効果といった会計的な判断を織り込んで、当期純利益まで予測できる、会計に知見のある人材。この両方が必要です。予算立案の力と、会計の専門性。この二つを兼ね備えた人材、あるいはそれぞれを担う人材の組み合わせが、予実管理体制の中核になります。
多くのIPO準備企業にとって、この人材の確保は、予実管理における最大の実務課題です。予算立案と会計の両方に通じた人材は、そう多くありません。社内で育てるには時間がかかり、採用するにも競争が激しい。だからこそ、早い段階から人材の確保・育成に着手すること、あるいは外部の専門家の知見を活用しながら社内にノウハウを蓄積していくことが、現実的な打ち手になります。予実管理は、仕組みと同時に、それを動かす「人」で決まるのです。
まとめ
- 予算と実績の最終責任は取締役会にある。予算は期首前に取締役会で承認する、市場への公約である
- 予算策定・修正のプロセスと責任者は、予算管理規程に明記する。規程と実際の運用が一致していることが審査で問われる
- KPIは一度で定まらない。N-3・N-2期で推移を見ながら調整し、N-1期でアジャストできる状態に仕上げる
- 乖離時は取締役会で決議し適時開示する。未達そのものより「外したときに適時開示できる運用」が問われる
- 予算は当期純利益まで。減損・税効果の予測が必要で、予算立案力と会計知見を備えた人材が要になる
全3回にわたって、予実管理を見てきました。なぜ最大のハードルなのか、予算をどう作るか、そしてそれを支える体制と人材。通底しているのは、予実管理が単なる数字の作業ではなく、投資家への責任を、組織として果たし続けるための仕組みだということです。取締役会が責任を持ち、規程が支え、人材が動かし、そのすべてが噛み合って、初めて上場企業にふさわしい予実管理が成立します。IPOを目指す企業にとって、この体制づくりは時間のかかる道のりですが、避けては通れません。早期に着手し、着実に育てていくことが、上場という目標を足元から支えます。
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