予実管理の連載、第2回のテーマは「予算をどう作るか」です。前回は、予実管理が上場準備で最大のハードルであること、そしてそれが投資家への責任に直結することを見ました。今回は、その出発点となる予算の作り方を、コーポレート実務の視点で掘り下げます。
結論から言えば、上場を意識する前と後とでは、予算作りの考え方そのものが根本的に変わります。その違いを理解することが、精度の高い予算への第一歩です。
上場前の予算──「前年比1.2倍」で決まる
上場を意識していない時期の予算は、多くの会社で、トップダウンで決まっているのではないでしょうか。社長や事業部長が「来期はこれくらい」と決める。決め方も、「今期はこれくらいできたから、来期は1.2倍」といった、前年実績を起点にした掛け算で作られることが多いはずです。
これは、決して悪いことではありません。意思として高い目標を掲げ、それに向かって走る。スピード感のある経営には、むしろ合っている面もあります。ただ、この作り方には、ある弱点があります。「なぜその数字なのか」を、論理的に説明しきれないことです。「1.2倍」の根拠は、多くの場合、経営者の意欲や勘であって、その数字を裏付ける具体的な積み上げがありません。
非上場のうちは、それでも大きな問題にはなりません。予算が未達でも、それは社内の問題にとどまるからです。しかし、上場準備に入った瞬間、この「説明できない予算」は通用しなくなります。
上場準備の予算──「合理性」と「確からしさ」
上場準備では、予算の合理性と確からしさが求められます。「目標」ではなく、「達成可能で、根拠のある計画」であることが必要です。
これは、上場審査の観点からも重要です。グロース市場をはじめとする上場審査では、「事業計画の合理性」が主要な審査項目のひとつであり、その中心的なチェック対象が、まさに予算の作り方と予実管理のプロセスなのです。「なぜこの数字なのか」を、審査でも、そして上場後は投資家に対しても、説明できなければなりません。
精緻な予算は「積み上げ」で作る
では、合理的で確からしい予算は、どう作るのか。鍵は、細かい積み重ね、すなわち「積み上げ」です。トップダウンの掛け算ではなく、数字を構成する要素をひとつずつ組み立てていきます。
まず売上について、「なぜ売上が伸びるのか」を分解します。顧客数が増えるのか、単価が上がるのか、既存顧客の購入頻度が上がるのか。新規事業の立ち上げなら、いつから、どれくらいの規模で立ち上がるのか。こうしたKPIの積み上げによって、売上の根拠を組み立てます。「1.2倍」ではなく、「この施策でこの顧客が増え、この単価だから、この売上になる」という論理を作るのです。
見落としがちな「費用との連動性」
そして、精緻な予算作りで特に重要なのが、売上と費用の連動性のチェックです。ここが、素人の予算とプロの予算を分ける、大きなポイントになります。
売上が伸びる計画なのに、それを支える費用が伴っていない予算は、不自然です。審査でも、まさにこの「連動していない不自然さ」が問われます。
・売上を伸ばすのに、人件費(人員)が増えていないのはなぜか
・人は増える計画なのに、PCや備品、オフィス費用が増えないのはなぜか
・拠点を増やす計画なのに、地代家賃や水道光熱費が変わらないのはなぜか
売上の裏には、必ずそれを生むためのコストがある。そこが噛み合って初めて、予算は「確からしい」。
売上が伸びているのに仕入が伸びていない、人は増える計画なのにPCは増えない──こうした矛盾があると、その予算は現実を反映していない、絵に描いた餅だと判断されます。売上の増加には、それを支える仕入、人員、設備、経費が、論理的に伴っていなければなりません。この一つひとつの連動を、細かく積み重ねて確認していく。地道な作業ですが、これこそが精緻な予算の中身です。
実務上は、こうして作った予算を、月次に落とし込みます。中長期の経営計画を土台に、対象年度の予算を月単位で1年分作成し、期首前に取締役会の承認を得る。これが、上場準備企業に求められる予算策定の基本的な流れです。年間の数字を12で割るのではなく、季節性や施策のタイミングを反映した、月ごとの精緻な予算を作ることが求められます。
ズレたら終わり、ではない──挽回策までが予算管理
ここまで精緻に作っても、前回述べた通り、予算は外部要因でズレます。景気、競合、顧客都合──計画時に見通せなかった変化が、実績を予算から引き離します。しかし、ズレること自体が問題なのではありません。ズレたときにどう対応するかが、予算管理の本質です。
外部要因で予算がズレたときには、取締役会や経営会議の場で、原因を追及します。なぜズレたのか。一時的な要因か、構造的な変化か。そのうえで、挽回策を練ります。この施策を前倒しする、あの費用を抑える、新たな打ち手を投入する。そうやって、当初予算に近づけていく努力を重ねるのです。
この一連の流れは、いわゆるPDCAサイクルそのものです。予算を作る(Plan)、月次で実績を出す(Do)、予実の差異を分析する(Check)、挽回策を打つ(Action)。上場準備で求められるのは、精緻な予算を「作る」ことだけではなく、このサイクルを毎月回し続ける体制です。そして、この原因追及と挽回策の検討を、取締役会や経営会議という正式な場で、記録を残しながら行うことが重要です。審査では、この予算統制のプロセスが機能しているかが、厳しく見られます。
逆に、精度の低い予算を作り、乖離が生じても手を打たず、業績予想の修正を何度も繰り返す──これは、上場審査で最も避けたい状態です。予算を作る力と、ズレを管理し挽回する力。その両輪があって初めて、予実管理は成立します。
まとめ
- 上場前の予算は「前年比1.2倍」のようなトップダウンの目標になりがち。だが上場準備では、合理性と確からしさ(根拠のある計画)が求められる
- 精緻な予算は「積み上げ」で作る。「なぜ売上が伸びるのか」をKPIに分解し、根拠を組み立てる
- 特に重要なのが売上と費用の連動性。売上が伸びるのに仕入・人件費・設備が伴わない予算は不自然で、審査で問われる
- 予算はズレる。ズレたら取締役会・経営会議で原因追及と挽回策を検討し、当初予算に近づける。このPDCAを回し続ける体制が本質
予算を作るとは、単に数字を並べることではありません。事業の論理を数字で語れるようにし、それを月次で検証し、ズレたら手を打つ。その一連の営みが、投資家に説明できる「確からしい経営」をかたちづくります。次回は、この予実管理の心臓部である「差異分析と着地見込み」を、より具体的に掘り下げます。数字のズレを、どう読み解き、どう次の一手につなげるかを解説します。
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※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の上場準備や予算策定を保証するものではありません。予算管理体制の構築にあたっては、主幹事証券会社・監査法人等の専門家にご相談ください。

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