㉒予実管理はなぜ最大のハードルか

IPO準備の実務において、予実管理は、最もハードルが高いと言っても過言ではありません。これまでこのシリーズで扱ってきた組織規程や業務規程、経理体制の構築も決して簡単ではありませんが、予実管理には、それらとは質の異なる難しさがあります。

今回から、予実管理を数回に分けて解説していきます。第1回となる本記事では、そもそもなぜ予実管理がこれほど難しいのか、そしてなぜ、それでもやらなければならないのかを、コーポレート実務の視点で整理します。予算作成の具体的な方法や差異分析の手法は、次回以降で扱います。

目次

なぜ予実管理は「最大のハードル」なのか

予実管理の難しさを理解するには、他の上場準備項目と比べてみるのが早道です。

組織規程や業務フロー、内部管理体制の整備は、確かに大変な作業です。しかし、これらは基本的に、自社の運用の問題です。ルールを定め、社内でその理解を徹底し、実際にその通りに運用する。相手は自社の組織であり、自分たちの努力と徹底で、いわば「社内ごと」として対応できます。時間はかかっても、やるべきことは自分たちの手の内にあります。

ところが、予実管理は違います。どれほど精緻な売上計画や利益計画を立てても、その実績は、外部要因によって大きく崩れ去る可能性があります。

内部管理体制の整備
自社の運用の問題。ルールを定め、理解を徹底し、その通りに運用する。自分たちの努力で完結できる「社内ごと」
予実管理
計画をどれだけ精緻に作っても、実績は市況・競合・顧客都合など外部要因で崩れうる。自社の努力だけでは制御しきれない

景気の変動、競合の動き、主要顧客の都合、原材料価格の高騰、為替──計画時には見通せなかった外部環境の変化が、実績を計画から引き離していきます。「精緻な計画を立てる力」だけでなく、「変化する現実のなかで、その計画との差をコントロールし続ける力」が求められる。ここに、予実管理の本質的な難しさがあります。自社の頑張りだけでは完結しない。この一点が、他の準備項目と決定的に異なるのです。

なぜ、これほど難しいことをやるのか

では、そこまで難しいことを、なぜやらなければならないのか。答えは明確です。上場して、不特定多数の投資家に対して、予算の見込み(業績予想)を公表するからです。

上場企業は、その期にどれくらいの売上・利益を見込んでいるかを、業績予想として公表します。投資家は、その見込みを重要な判断材料として、株式を売買します。つまり、業績予想は、企業から投資家への一種の「約束」であり、投資判断の土台です。

もし、この見込みがいい加減で、実績と大きくかけ離れてしまえば、どうなるか。それは、公表された数字を信じて投資した人々の判断を、根底から狂わせることになります。結果として、投資家を欺くことにつながりかねない。見込みを立てる力と、それを実現・管理する力がない会社は、上場会社にふさわしくない、ということになるのです。

非上場企業なら、予算が未達でも、それは基本的に社内の問題にとどまる。
しかし上場企業では、公表した見込みと実績の乖離が、投資家の判断を狂わせ、市場の信頼を損なう
予実管理は、投資家に対する責任そのものである。

予実管理が上場準備で最大のハードルとされるのは、単に作業が難しいからではありません。それが、投資家保護という上場会社の根幹に関わる、責任の問題だからです。だからこそ、準備段階から、精度の高い予算を立て、それを管理し続けられる体制を作っておくことが、絶対条件になります。

「10%・30%ルール」──乖離は開示しなければならない

この投資家への責任は、具体的なルールとして制度化されています。それが、業績予想の修正に関する、通称「10%・30%ルール」です。

東証の有価証券上場規程では、公表済みの業績予想と、新たに算出した予想値(または決算値)との間に、一定以上の差異が見込まれることが確からしくなった場合、直ちにその内容を開示しなければならないと定められています。その基準が、以下です。

指標 開示が必要となる乖離
売上高 直近予想値との差異が ±10%以上
営業利益・経常利益・純利益 いずれかの差異が ±30%以上

売上高で10%、各段階の利益で30%。この水準を超える乖離が見込まれることが確からしくなった時点で、企業は「業績予想の修正」を開示する義務を負います。これは、投資家が常に最新の見通しに基づいて投資判断を行えるようにするための仕組みです。裏を返せば、企業には、自社の着地見込みを常に把握し、乖離が基準に達しそうかどうかを判断できるだけの、予実管理の精度が求められるということです。

実際、あるデータでは、新規上場した企業のうち、上場から2期以内に2社に1社の割合で、この基準に該当する業績予想の修正開示を行っているとされます。上場直後は、予算と実績がぶれやすい。それだけ、精度の高い予実管理を根付かせることが難しく、かつ重要だということの表れです。

KPIの達成──「まぐれの予算達成」は許されない

もう一つ、予実管理で重要なのが、KPIの達成です。予算を管理するにあたっては、結果としての売上・利益だけでなく、その数字を生み出す過程の指標、すなわちKPIについても、達成が求められます。

なぜKPIが重要なのか。それは、「たまたま予算通りになった」という状態が、上場企業では許されないからです。

「まぐれ」の予算達成
想定と違う経路で、結果的に数字が合った状態。なぜ達成できたかを説明できず、次期の見通しも立てられない。再現性がない
KPIに裏打ちされた達成
「この指標がこう動いたから、この売上になった」と説明できる状態。プロセスを把握しているため、見通しにも再現性がある

たとえば、売上予算が達成できたとしても、それが想定していた顧客数・単価・成約率といったKPIの積み上げによるものなのか、それとも、たまたま大口の一件が舞い込んだだけなのかでは、意味がまったく違います。前者なら、来期以降も同じロジックで見通しを立てられます。後者では、次に何が起きるか説明できません。

上場企業に求められるのは、この「再現性のある達成」です。数字の結果だけでなく、その数字がどのようなプロセス(KPI)から生まれているかを把握し、コントロールできていること。それがあって初めて、精度の高い業績予想を立て、その通りに着地させることができます。まぐれで売上ができて予算通りになった、という状態は、たとえ結果が良くても、予実管理としては不十分なのです。投資家に対して「なぜこの見込みなのか」を説明できる根拠こそが、KPIに基づく管理です。

まとめ

  • 予実管理は上場準備で最もハードルが高い。内部管理体制が「社内ごと」として完結できるのに対し、予実は外部要因で崩れうる点が決定的に異なる
  • なぜやるのか。上場して不特定多数の投資家に業績予想を公表するから。見込みと実績が大きく乖離すれば投資家を欺くことになり、上場会社にふさわしくない
  • 「10%・30%ルール」により、売上高±10%・各利益±30%以上の乖離が確からしくなれば、直ちに修正開示が必要。常に着地見込みを把握できる精度が求められる
  • KPIの達成も必須。「まぐれの予算達成」は許されず、再現性のある、プロセスに裏打ちされた達成が求められる

予実管理は、単なる数字合わせの作業ではありません。投資家への責任を果たし、市場の信頼を守るための、経営の根幹です。だからこそ、上場準備の中でも最後まで難しく、そして本質的なテーマになります。次回は、その出発点となる「予算をどう作るか」を掘り下げます。精度と納得感を両立させる予算作成の考え方を、実務に即して解説します。

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※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の上場準備や開示対応を保証するものではありません。適時開示の具体的な基準や運用については、東京証券取引所の公表情報をご確認いただくか、主幹事証券会社・監査法人等の専門家にご相談ください。

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